2014年10月26日、菊花賞。

 

1番人気はダービー馬ワンアンドオンリー。トライアル・神戸新聞杯を制し、万全の状態で菊花賞載冠をめざした。

 

2番人気はトゥザワールド。母トゥザヴィクトリー、全兄に重賞5勝という良血。皐月賞2着、ダービー5着。セントライト記念2着から『3冠』最後の菊花賞へ照準を合わせた。

 

 

そして、3番人気がトーホウジャッカルだった。

 

神戸新聞杯で3着に入り、急遽、クラシック追加登録料200万円を支払い出走となった。

 

ワンアンドオンリーがダービーを制する前日の5月31日に3歳未勝利戦でデビュー、10着。そんな馬がわずか5カ月後にワンアンドオンリー相手に菊花賞挑戦。

 

勝てば、まさに『シンデレラボーイ』・・・・・・と話題を呼んだ。

 

さらに、東日本大震災のあった2011年3月11日に生を得たということからも話題に。

 

さらには、前売り開始が始まったばかりとはいえ、前々日発売で単勝1.4倍の1番人気となったのがトーホウジャッカルだった。単勝200万円前後の大口購入があったとみなされる。

 

 

神戸新聞杯2着のサウンズオブアースを超えるトーホウジャッカルの人気。様々な思いが込められた単勝人気を背負って、トーホウジャッカルはパドックを周回した。

 

鬣(たてがみ)と尾が金色(こんじき)に輝く尾花栗毛。この日の京都競馬場は秋の陽光がきらめき踊っていた。

 

 

 

2011年3月11日。北海道日高町・竹島幸治牧場で生まれたトーホウジャッカル。

 

父スペシャルウィーク、母トーホウガイア。半姉にはCBC賞を勝ち、短距離で活躍したトーホウアマポーラがいる。

 

 

2012年11月2日、競走馬としての育成のため武田ステーブルに入厩。尾花栗毛の目立つ容姿もあり、その動き、馬体の良さはステーブル内で高く評価されていた。

 

だが、2歳8月、異変は起こった。

 

ウイルス感染による肺炎と腸炎のため牧場内にある診療馬房に入ることとなった。

 

体重は一気に45㌔ほど減り、命の危険さえ感じられたという。

 

24時間体制で治療に専念され、19日間に及ぶ獣医師、牧場スタッフの厚い看護のもと病から立ち直ったトーホウジャッカル。

 

慎重に、慎重に調整され、武田ステーブルから退厩したのは3歳1月31日のことだったという。

 

 

 

「競走馬として走れるのか?」それさえ案じられたトーホウジャッカル。デビューが遅れたことは仕方がないことだった。

 

 

2014年5月31日。3歳新馬戦はすでに終了。既走馬相手の未勝利戦・芝1800mがデビュー戦。

 

鞍上は17年目の関西の中堅騎手・酒井学。デビュー12年目の2009年に通算100勝達成という、2002年から2007年までは騎乗数も激減、苦労を重ねてきた騎手だ。騎乗数が増え始めるとともに勝ち鞍も増え、2012年、ニホンピロアワーズでジャパンカップダートを勝利、G1初制覇。中堅騎手として認められるようになった。

 

 

レースは出脚がつかず18頭立て最後方。上がり最速で差してきたが10着が精一杯だった。

 

この時、トーホウジャッカルの非凡な能力を感じ取ったのは酒井学だった。

 

「もう一回乗せてほしい」、谷潔調教師に懇願したという。

 

 

6月22日、2戦目未勝利戦・ダート1800mは鞍上・幸英明で後方まま9着だった。

 

7月12日、未勝利戦・芝1600m。再び鞍上は酒井学となり、8番人気。好位につけ直線抜け出し2着にハナ差の勝利。

 

8月3日、500万下・芝1800m。6番人気、3番手から差し切り連勝。完全に酒井学は主戦騎手となった。

 

「きっと、重賞でも勝負できる馬だ」、酒井学は惚れ込んでいた。

 

9月6日、玄海特別(1000万下)芝2000m。中団から左側の脚で追い込むも、先に抜け出したエーシンマックスをクビ差、とらえ切れず2着。

 

 

9月28日、菊花賞トライアル・神戸新聞杯・芝2400m。条件馬の身で格上挑戦。抽選で出走可能。

 

トーホウジャッカルがデビューした翌日にダービー制覇。雲の上の存在だったワンアンドオンリーと同じレースを走る。

 

トーホウジャッカルに何も考える余裕はなかった。

 

ただ、ただ、思いっきり走るだけ。

 

 

気がつけば、ゴールでワンアンドオンリー、サウンズオブアースとクビ、クビ差の勝負をしていた。

 

3着。菊花賞優先出走権獲得。

 

 

競走馬として走れるのか・・・・・・気がかりでしかなかったトーホウジャッカル。

 

何とかして競走馬に・・・・・・みんなが願った。生産者が、馬主が、調教師が、そして、そして、命を育んだ武田ステーブルの獣医師が、スタッフが。

 

それが、3歳クラシック、菊花賞を走る。

 

 

 

菊花賞ファンファーレが高らかに鳴り響いた京都競馬場。

 

大歓声の中、ゲート入りする馬たち。

 

2枠2番、トーホウジャッカル。気持ちは不思議に落ち着いていた。

 

 

ゲートが開いた。内から3番サングラス、5番シャンパーニュが飛び出す。追いかけるのは1番マイネルプロスト。

 

周りがスーッと出てくれたお陰でトーホウジャッカルの前はスムーズに開いた。そのまま、馬なりで進むだけだ。

 

難なく好位のインを取れたトーホウジャッカル。

 

3000m長丁場、これ以上のスタートはない。

 

 

外々を並んで行くのはトゥザワールド。後ろの列の外、斜め後ろにチラチラ見えるのはワンアンドオンリーだ。

 

鞍上・酒井学は心がバクバクするのを感じた。相手にすべき2頭を見ながらの好位置・・・・・・。ジャッカルの気分もよさそうだ・・・・・・。

 

確かな手応えをつかんだ。あとは、仕掛けを誤るな、オレッ!

 

心の中で叫んだ。

 

 

1000m通過60秒9、3000mにしては速いか!

 

いや、高速馬場となっている京都。決して速くはない。

 

 

淡々と進むレース。好位置確保、動かないトゥザワールド、ワンアンドオンリー。

 

他の馬も続いた。

 

 

3コーナーから4コーナーへ。

 

2番手に上がったマイネルプロストが先頭に立った。

 

馬群が凝縮するなか、酒井が動いた!

 

内からマイネルプロストの外へ、並びかけて4コーナーを回った!

 

 

外で勢いのないトゥザワールド、ワンアンドオンリー、伸びるのか!

 

 

直線だ!

 

マイネルプロストを交わして先頭に立ったトーホウジャッカル!

 

 

伸びてくるのは、外か!

 

いや、内だ。

 

最内をえぐった。鋭い脚は、サウンズオブアースだ!

 

 

神戸新聞杯でとらえ切れなかった2着馬。

 

トーホウジャッカルの2列後ろの最内、静かに息を潜めていたサウンズオブアースが、

 

末脚を爆発させた!

 

 

トーホウジャッカルの内から並びかける。

 

負けるなッ!

 

渾身の力でジャッカルを押す酒井学。

 

負けられないッ!

 

気の遠くなるようなゴール。もう、目の前だ!このために、このために・・・・・・みんなが待っているッ。

 

 

力の限り、ターフを蹴った!

 

 

半馬身、抜け出したトーホウジャッカル。

 

 

3馬身離れた3着にゴールドアクター。

 

ワンアンドオンリーは7着、トゥザワールドは16着に沈んだ。

 

 

勝ちタイム3分1秒0。ソングオブウインドの菊花賞レコードを1.7秒更新、ナリタトップロード(阪神大賞典)もつ3分2秒5も破る日本レコード。

 

デビューから149日での菊花賞制覇は史上最短。

 

 

大いなる記録とともに菊花賞馬となったトーホウジャッカル。

 

 

様々な人の思いを喜びの涙に変えた。

 

 

 

古馬となったトーホウジャッカルは右前脚の蹄を傷め休養。

 

出走しては球節が腫れるなど脚部不安に苛まれた。

 

4歳2戦、5歳4戦したが、4,8,7,5,15,11着。

 

勝つことができず右前脚に屈腱炎を発症。引退、種牡馬となることになった。

 

 

 

波乱万丈。

 

 

光の如く輝いた尾花栗毛。

 

 

長い長い馬生で、それは一瞬だったかもしれない。

 

 

その輝きは、煌めきは、唯一無二。

 

 

トーホウジャッカル、君だけのものだ。

 

 

君だから輝けた。

 

 

君だから、大きく、大きく、煌めけた。