(この物語は現実の競馬と同時進行の小説です。主人公は競馬で身を立てることを決心したギャンブラー。1978年から現代に時空を超えて飛ばされてきた男。はたして生きながらえるのか?馬券必勝法はあるのか?)

 

 

4月18日。

 

小心にして単純。単純にして、すぐ意気に感ずるタイプの青井戸。

 

『倍倍方式』の完成を託されては、応えずにいられないのも事実。

 

喪失しかけていた自信も俄かに甦った。

 

 

鷲尾老人から手渡された300万円という軍資金も大きかった。

 

100万円あった青井戸の所持金。マコサンらからの援助金62万円、10万円はイックンの選別としたが、150万円ほどあった軍資金というより全財産。当然、生活費もありで残りは80万円を切る状態だった。

 

この状態では生活していくことそのものが不安。

 

喫茶『我楽多』にいれば何とかなるかもしれないが、それは甘えと感じていた。

 

『倍倍方式』を完成させるため、という大義名分ある300万円。

 

正直、とりあえず金銭的不安を解消できる300万円は、青井戸にとって心の救いだった。

 

 

 

すぐやって来る土曜競馬。

 

いままでの結果から絶対的にいえることは、次への継続続行をつくらないこと。

 

どのレースも買い目予想をおろそかにはできないが、より重要なのは一日の終盤戦。なかでもメインレースを取れるようにしなければ・・・・・・と青井戸は考えた。

 

より情報も多く、仕上げに関しても各厩舎が真剣に仕上げてくるメインレース。騎手選択によっても各厩舎の力の入れようが想像できる。

 

予想の上でも予想しがいのあるレースであるメイン。ギャンブラーとして、ここを取ってこその1日の勝利・・・・・・勝手に『メイン勝利』こそ重点事項と納得していた。

 

 

 

喫茶『我楽多』で、自分なりの買い目作戦を青井戸が模索しているなか、風子は珍しく青井戸と離れて行動していた。

 

鷲尾老人とともに、ある人物が入院する病院を訪れていたのだ。

 

 

そう、鷲尾老人が語った『倍倍方式』を発案した人物だ。

 

 

人生を賭けて『競馬の必勝』をめざし、競馬の研究と実践に明け暮れ、あとわずかとなった余命の尽きるのを待つ人。

 

鷲尾老人の友というが。

 

たまにしか喫茶『我楽多』に顔を出さない鷲尾老人ではあるが、先日のような熱意を見せる鷲尾老人を風子は見たことがなかった。

 

この違和感、風子には鷲尾老人が語らないすべてを知らなければならないと、直感した。

 

その日の夜に電話で執拗に食い下がった。

 

「おじさんの友だちて、どんな人なん?おじさんが300万円も出して肩入れするやなんて、どんな大事な人なん?それに、最初から俊が1978年から来たがことをおじさんは知ってた。なんでなん?おじさんのこと、わからへんことばっかり。うちのおじいちゃんもなんも言わへんから、打ち、変なおじさんやなぁ・・・・・・としか思て来えへんかったけど。いま、俊のこと思たら、わけわからへんままにこの世界にいる俊が、可哀そうやん。ぜんぜん、何も知らん世界に来てしまってるんよ。ほんで、『倍倍方式』を完成できるんは君だけや、言われて、その気になって、ほんまはギャンブラーでもないのに。なんでがんばらせるん。おじさんは全部知ってるんやろ?」

 

しばらく黙っていた鷲尾老人は、重い口を開いた。

 

「仕方ない。風子ちゃんには言っておこう。でも、電話じゃなんだから、会って話そう。そして、私の友にも合ってくれないか。もう幾ばくも無い命、風子ちゃんには辛い対面になるかもしれないけど、ヤツはきっと安心すると思うよ。ヤツのためには、ほんとは風子ちゃんを会わせたい気持ちはあったんだ」

 

またまた謎を秘めた鷲尾老人の言葉。

 

 

すべては会って、話を聞けばわかる。風子は鷲尾老人と会う約束をした。

 

 

 

そしていま、鷲尾老人からすべての話を聞き、病院の一室でその友と対面した。

 

 

鷲尾老人から風子のことを聞き及んでいたのか?怪訝な顔も見せず、その友は力ない笑顔で風子を迎え入れた。

 

自然と込み上げるものがあった風子。

 

 

4人部屋の窓側、穏やかな陽がさすベッドにその友はいた。70歳ぐらいには見える白髪、頬はこけ、目もやや窪んだ中に瞳があった。

 

初めて見る顔、その面影の先にあったのは・・・・・・俊だ。

 

 

 

風子が鷲尾老人から聞いた事実。

 

青井戸俊が1978年から飛ばされてきた『いま』は、紛れもなく40年後の世界。パラレルワールドではなかった。そして、『いま』の世界には67歳となった青井戸俊が存在していた。いま、風子の目の前にいる余命幾ばくもない白髪の老人がそうであった。『倍倍方式』はこの青井戸俊がつくり出し、完成の域に達し得なかったもの。世界には時空を超えて、ある日突然、未来へやって来る人間がいるという。その数は不明だが、先進各国にはそれを研究する機関が存在する。大学を出て国家公務員となった鷲尾老人は、40歳の時に内閣府にあるその特別研究機関に入所。近畿圏を担当する調査・研究員になった。いち早く青井戸俊を保護、指導するのは役目だった。ただ、その青井戸俊が旧知の青井戸俊と同一人物だったことには驚きを隠せなかったという。鷲尾が大阪を拠点とした近畿圏の担当となり、たまたま競馬場で知り合った青井戸俊とは20年以上の友人関係。競馬一筋に生きる青井戸。鷲尾とは正反対の人生、危うさばかりの生き方、反発しながらも青井戸に惹きつけられた鷲尾。人はどういうメカニズムで未来へ飛ぶのか?まだ、研究機関では謎のままだった。鷲尾は、1978年から飛ばされた青井戸俊を見て、思ってしまった。余命幾ばくもない青井戸。人生を賭けて導き出した『倍倍方式』。なんとしてでも完成したい・・・・・・その思いが、若き青井戸を呼んだのか!バカバカしい発想だ。でも、そうであってくれたなら、友の思いを叶えてやりたい。鷲尾は冷静さを欠いていた。国家公務員として長年勤め、唯一、『私』を優先させた発想のもとに行動をとった。

 

 

 

何も語ることもなかった風子。短いようで長い面会時間は過ぎ、病院を後にし鷲尾老人とも別れ一人になった。

 

老人・青井戸俊が発したひと言が、消えない。

 

「本当に申し訳ない。貴女の知る私に心から謝ります。そして、できることなら、もう一人の青井戸俊の支えになってほしい。本当の私は、弱い人間です」

 

 

 

ふと見やると、散り始めの桜の花びらが風に舞っていた。

 

賑やかな街の灯に照らされては、消え、暗闇から現れてはまた消え、現れて、

 

滲んで消えた。

 

 

(つづく)