(この物語は現実の競馬と同時進行の小説です。主人公は競馬で身を立てることを決心したギャンブラー。1978年から現代に時空を超えて飛ばされてきた男。はたして生きながらえるのか?馬券必勝法はあるのか?)

 

 

1月29日。

 

「えーっ?え~、ワグネリアンは大阪杯直行やて。ええんかいな?前哨戦使えへんて」

 

ネット情報を見ながら、思わず声を漏らすイックン

 

「皐月賞直行を決めたサートゥルナーリアといい、G1直行を厩舎が決めるんやからしゃーないけど、オレら競馬ファンは困るな」

 

スポーツ新聞を見ながら答えるマコサン。

 

青井戸はただひたすらに、今週行われるレースに登録している馬の情報を頭にインプットするするのに時間を割いていた。以前なら馬の名を見ただけで戦績から、一流どころでは血統までわかっていた。でも、いまは違う。

 

ひたすら勉強だ。27歳にもなって・・・・・・他の勉強ならとっくに飽きていた。

 

 

それぞれがそれぞれに自分の時間を過ごしながら、ふとしたきっかけでしゃべり合う。

 

喫茶『我楽多』での日常。

 

 

「ホンマ、ホンマ、厩舎ええかもしれんけど、馬券買う方は出来上がってるんか、どうか?いらんことまで推理せなアカンもんね。困ったもんや。そう、そう、マコサンはどう思います?コパノキッキングに藤田菜七子を乗せる、いうやつ。菜七子ちゃんがG1に乗るいうんは、僕は嬉しいけど。でもなぁ、そのコパノキッキングを買うか?いうたら、悩むんやなぁ。1600mの距離は長いいわれてるけど、根岸Sの勝ち馬やし。最近ではモーニン、ノンコノユメが根岸SからフェブラリーSを連勝してるし。そやけど、菜七子ちゃんで勝てるやろか?いまだに重賞未勝利。そら、人気薄の馬が多いから仕方ないかもしれんけど。ま、人気の馬に乗せてもらわれへんのも、まだ実力不足いうことやろうし・・・・・・」

 

おもむろにスポーツ紙をテーブルに置き、マコサンは、

 

「そやな。誰に乗せるか?騎手を判断するんは馬主の自由。競馬ファンがとやかくいう問題でないんは、その通りや。そやけど、馬券買うのはファンやねんからな。騎手の力の優劣が競馬でどの程度影響するか?オレはわからんけど、ルメールやデムーロの活躍を見てる限り、やっぱり騎手の力は大きいんや思うし、『その馬の実力を最大限に発揮させるのが調教師の務め』で日々調教してるんやったら、騎手選びも最良の騎手を選択するんが調教師やと思う。馬主を説得してでもな。コパノキッキングの実力やったら乗りたい騎手も多いと思うで。ま、騎手も含めて予想するんが競馬ファンの自己責任やけど。文句いうなら買うな、いわれたらそれまでや」

 

「ま、若手に経験積ませんと伸びないし、ね。ただ、話題作りのためやったら・・・・・・うちはいややね。女性騎手として人気がある藤田菜七子は、当然、アンチも多いやん。もし惨敗したら絶対叩かれるし、ま、そんなことは経験済みかもしれんけど」

 

いつの間にか、店を手伝い中の風子も参戦してきた。

 

 

藤田菜七子という女性騎手の存在にピンと来なかった青井戸も、思わず参戦。

 

「昔はさ、若手騎手で勝ち上がってきた馬が馬主の意向で一流ジョッキーに乗り替わり、というのが普通にあった。有名なんはタニノムーティエの最大のライバルといわれたアローエクスプレスだね。まだ4年目だった柴田政人騎乗で関東№1でとなったアローエクスプレスだけど、皐月賞は加賀武見に乗り替わりとなったんだよね。その時に調教師が柴田政人に言ったのが、確か、『アローは日本一になれる馬。日本一の騎手に乗せる。でないと馬主もファンも許さない。悔しかったら、早く加賀を超える騎手になれ』って。それをバネに同期の岡部幸雄とともに関東の二大ジョッキーとなったんが柴田政人だよ。でも、関西は比較的若手を起用していて、好対照だったのがタニノムーティエで8年目の安田伊佐夫がデビューから騎乗。皐月賞もダービーも勝った。『名馬は騎手を育てる』という格言もある通り、若手起用も騎手を育てる意味では重要かもしれない。ホント、一概にはいえない。でも、今回はちょっと違うような気がするんだ。安田伊佐夫はデビューから乗り続けてタニノムーティエという凄い馬の背中で教えられた。柴田政人も、皐月賞までアローエクスプレスに乗ることによって教えられたことが大きいんだと思う。コパノキッキングに初めて乗る藤田菜七子が、一度の騎乗で何をつかむことができるんだろうか?ホント、失礼な言い方かもしれないけど、何かをつかみとるレベルにまで達しているんだろうか?疑問でしかない。真剣なあまり、無我夢中で終わってしまいそう。それでも、コパノキッキングが並外れた馬なら勝ってしまうかもしれないけどね。それは、『神のみぞ知る』、だよ」

 

「なぁ~るほどな、って?それにしても俊君、話し古すぎ。いつの時代?ホンマ、1978年から飛んできたんちゃう?最近の競馬あんまり知らんのに。おっかしな人や」

 

言いながら大笑いのイックン。

 

つられて笑いがひろがった。

 

 

思わず「ほんとなんだよ!」、言いそうにった青井戸。

 

皆につられ、やや歪んだ顔で笑うしかなかった。

 

 

 

きょうもリサの姿を見ることはなかった。

 

喫茶『我楽多』の日常は過ぎていくというのに・・・・・・。

 

 

(つづく)