世紀末2000年。
2001年の新世紀へ向けて、世の中は動き出した。
冬を休養にあて、春のG1シリーズへ向けて有力馬が続々と所属厩舎へ戻ってくる。あるいは、早めに帰厩した馬たちの調教に熱が入るころ。
栗東・美浦のトレーニングセンターに飛び込んだ一報に衝撃が走った。
2月11日未明。宮城県亘理郡山元町、社台グループがもつ競走馬の育成・休養施設『山元トレーニングセンター』で火災が発生したのだ。
厩舎1頭が全焼。30頭いた休養馬のうち、救出できたのは8頭だった。
栗東所属のエガオヲミセテ、美浦所属のスターシャンデリアなど22頭が犠牲になった。火に巻き込まれ焼死した。
サンデーサイレンス産駒。珍名・個性的な馬名で知られる馬主・小田切有一氏の所有馬だったエガオヲミセテ、栗東・音無秀孝厩舎。
古馬になって素質が開花し、マイラーズカップ(G2)を制し、エリザベス女王杯で3着と好走。
2000年の充実した走りをめざして、英気を養っている時だった。
美浦・秋山雅一厩舎に所属の外国産馬スターシャンデリアは、新馬戦を単勝1.3倍。圧倒的な人気で勝った期待馬。
4歳はダートを主体に走り、ユニコーンS(G3)3着以後休養。古馬のダート戦線で期待がもたれた。
厩舎にとって、馬主にとって、かけがえのない愛馬の死。
哀しみは推し量れない。
エガオヲミセテの死から2日後の2月13日、東京競馬場、ダイヤモンドS(G3)。
音無厩舎から出走したユーセイトップラン。厩舎にやってきた少女エゴオヲミセテからを見てきた8歳、厩舎のベテラン。
すべてをわかっていた。
1998年11月、アルゼンチン共和国杯を勝って以来、6,12,13,11,10,15,13,13着。
まったく勝てなくなった8歳馬。
後方から直線だけで詰めてくる追い込み馬。年とともに、その切れ味が見えなくなっていた。
いつものように14頭立て最後方にいたユーセイトップラン。この日は違った。
3コーナー手前からスパートするや4コーナーでは先頭に立った。超ロングスパート。
息切れするか・・・・・・と思われた直線。
ユーセイトップランは伸び切った。1着でゴールイン。
同じ日、京都競馬場では4歳若駒のきさらぎ賞が行われた。
栗東・安田隆行厩舎のシルヴァコクピット。
美浦と栗東、遠く離れた厩舎に所属。顔も知らない同士だが、スターシャンデリアの半弟だ。
エリモブライアン、キングザファクトとのゴール前、クビ・アタマ差の大接戦。
競り勝ち、重賞初制覇を飾った。
生きとし生けるもの。必ずや、いつか死はやってくる。
だが、突然の死。
それは・・・・・・・・・・・残された者に哀しみしか与えない。
辛い、辛いもの。
その辛さを一番わかるのは、去りしもの。
自分の無念さよりも、残された人たちの心の闇を払いたい。
心閉ざさないで、
悲しみは振り払って、
お願いだから、
笑顔を見せて。
ユーセイトップランは、
シルヴァコクピットは、
エガオヲミセテの心を、スターシャンデリアの思いを、
すべてを知っていた。
そして、
走った。
力の限り。
笑顔を見せてほしかった。
(つづく)