宝塚記念を逃げ切り、初のG1を制したサイレンススズカ。
武豊との出会いによって覚醒した。
中距離では歴代でも№1のスピードを持っていた馬ではないだろうか。
いまでも語り継がれるサイレンススズカ。
1000m通過57秒台、58秒台、時として逃げ馬がつくりだす玉砕覚悟のハイペース。
サイレンススズカにとって、それは普通のペースであることに武豊は気づいた。
『本当にこんな馬がいるんだ』 武豊の驚きと敬意。
サイレンススズカにとっては普通のハイペースで逃げ、3,4コーナーで一息入れることで直線はまた伸びる。
負けようがない。
『おそらく56秒台で行っても、この馬はへっちゃら』 豪語する武豊。
10月、毎日王冠で見せた完勝劇。
エルコンドルパサー、グラスワンダー、4歳無敗のの『超新星』を相手に57秒7のハイペースで逃げ、4コーナーでグラスワンダー以下に詰め寄られながらも、直線では引き離した。追いつめたグラスワンダーは5着に落ち、2着に上がってきたエルコンドルパサーに影も踏ませぬ勝利。
圧巻の6連勝。
もはや、誰も止められない。
天皇賞秋に挑むサイレンススズカ。
絶対的自信の武豊が語った。『サイレンススズカの、とんでもないパフォーマンスをお見せします』
武豊は何を狙っているんだ?
日本レコードか。
それとも、
大差で逃げて、大差でぶっちぎる勝利か?
一瞬の不安。
打ち消したい。
11月1日、天皇賞秋。
1.サイレンススズカ
2.メジロブライト
3.テイエムオオアラシ
4.ローゼンカバリー
5.ゴーイングスズカ
6.オフサイドトラップ
7.サイレントハンター
8.サンライズフラッグ
9.シルクジャスティス
10.ステイゴールド
11.ランニングゲイル
12.グルメフロンティア
1番人気サイレンススズカ、2番人気メジロブライト、3番人気シルクジャスティス。
4番人気ステイゴールド、5番人気サンライズフラッグ。
単勝1.2倍、サイレンススズカ。
11月1日、東京11R、1枠1番、1番人気。おそらく道中の通過位置も1番。
サイレンススズカに残された『1』はゴールするときの1番だけだった。
春に天皇賞馬となったメジロブライト。
前年の有馬記念を勝ったシルクジャスティス。
天皇賞春2着、宝塚記念2着、ステイゴールド。
手強い相手はいないわけではない。
だが、
13万人を超える大観衆の目は、サイレンススズカに釘付けされた。
そんな、異常なほどのサイレンススズカの独り舞台となった天皇賞秋。
ファンファーレは高らかに鳴り響き、ファンはそれぞれに両手を挙げ、手拍子を送った。
その手に、待ち望んだ万感の思いを乗せ。
常識を超えた強さ、サイレンススズカの勝利。歴史の生き証人となるために・・・・・・。
運命のスタートは切られた。
真っ先に飛び出した白い帽子。
サイレンススズカだ。
2馬身、3馬身、4馬身、差を広げる。
2コーナーを回り、さらに、さらに差を広げるサイレンススズカ。
1000m通過、57秒4。
3コーナー手前では2番手サイレントハンターに10馬身以上、大差をつけた。
サイレントハンターからさらに7,8馬身離れて、オフサイドトラップ、ステイゴールド、メジロブライト、一団が続いた。
その一団の後方にシルクジャスティス、サンライズフラッグがいる。
離れてゴーイングスズカ、最後方にローゼンカバリー。
大きく、大きく、離れた馬群。
サイレンススズカの独り旅。
人々の目には、速き強きサイレンススズカしか映っていない。
勝つために走る馬たち。
だが、サイレンススズカは・・・・・・それ以上のものを期待されたか?
馬を勝たせるための騎手。武豊はサイレンススズカの速さに魅入られ過ぎたか?
孤高の走り。
サイレンススズカはただ1頭、次元の違う空間をひた走った。
3コーナー、東京競馬場名物『大欅』の向こうに姿を消し、再び現れた。
あとは4コーナーをめざして、直線を迎えるだけ。
その時だった。
ガクンッと躓いた。
バランスを崩したサイレンススズカ。
武豊が手綱を引いた。
故障だッ!
失速。
よろけながらも、追い抜いて行く後続を避け、
サイレンススズカは立って走った。転ばない、踏ん張った。
転べば、大事故になる。
追い抜かれ、追い抜かれ、踏ん張って、踏ん張って、
すべてが行き去ったあと、コースの隅で立ち止まった。
ゴール前、抜け出したオフサイドトラップ。
3度の屈腱炎を乗り越え復活した8歳馬。
突然、目の前に現れた勝利。勝つために、勝つために、気力の底を振り絞った。
内から猛然と脚を伸ばし、2番手に上がったのはステイゴールド。
G1連続2着、夢にまで見た初勝利がすぐそこ。
最後の力を爆発させた。
ゴール前、馬たちの死闘。サイレンススズカは遠く眺めた。
思いは・・・・・・あの、ゴールだった。
1着オフサイドトラップ
2着ステイゴールド
3着サンライズフラッグ
4着サイレントハンター
5着メジロブライト
サイレンススズカ、左前脚手根骨粉砕骨折発症、競走中止、予後不良、安楽死処分。
(つづく)