身長172㎝、騎手として群を抜く長身だった武邦彦。
三男・武豊、170.5㎝。四男・武幸四郎が177㎝。ともに長身騎手としてあるのは、父譲りだった。
その最大の特徴は『当たりの柔らかさ』。馬に負担をかけない騎乗で、馬の能力を最大限に引き出す。『ターフの魔術師』ともいわれた武邦彦。
騎手歴16年目で初のクラシック制覇ということ自体、遅すぎた。
堰を切ったように、クラシック制覇が始まった。
72年、アチーブスター(桜花賞)、ロングエース(ダービー)。
73年、タケホープ(菊花賞)。
74年春、タカエノカオリで桜花賞を制した武邦彦は、キタノカチドキで更なる高みをめざしていた。
3歳(現表記2歳)時を4戦全勝。西の王者に君臨したキタノカチドキ。
きさらぎ賞で、追随しようとする関西のホウシュウミサイル、スリーヨークを圧倒。
スプリングSで、関東のカネミクニ、ウエスタンダッシュ、関西の気鋭ナニワライトを退けた。
7戦全勝。負けることを知らない馬が皐月賞を狙う。
弥生賞を勝ち、8戦7勝。朝日杯3歳S6着だけが汚点というカーネルシンボリ。
関東馬の大将格、キタノカチドキ最強のの敵となるはずだったカーネルシンボリが、皐月賞直前に骨折。クラシック戦線から消えた。
キタノカチドキの連勝を阻まんとする関東馬の期待は、弥生賞3着コーネルランサーに集まった。四白流星の派手な馬体、新馬から9戦して3勝、3着以下なし。
鞍上は1962年デビューの中堅ジョッキー・中島啓之。豪腕として知られる郷原洋行とは同期。ストロングエイトで前年の有馬記念を獲り、『8大競走』初制覇。レースでは鬼気迫る騎乗ぶりを見せるが、人情に厚く温厚な人柄は誰からも好かれ、悪口を言う者はいなかったというジョッキー。
後に『天馬』といわれたトウショウボーイ(主戦・池上昌弘騎手)の有馬記念での騎乗を打診された時、「トウショウボーイは池上の馬、僕が取るわけにはいかない」。断固、断ったそうだ。
中島啓之、そういう男だった。
打倒キタノカチドキは、同じ関西馬から。期待されたのはバンブトンオール。
鞍上は、1968年デビュー、3年目の70年に全国リーディングジョッキーとなった天才・福永洋一。10歳も年の離れた武邦彦とはライバルであり、競馬を離れれば、ともに遊び回った親友。
弥生賞で2着入り、堂々とキタノカチドキに挑戦してきた。
5月3日、皐月賞。
1.ウエスタンダッシュ
2.キタノカチドキ
3.ミホランザン
4.スリーヨーク
5.カネオオエ
6.ニシキエース
7.コーネルランサー
8.カネミクニ
9.フェアーリュウ
10.エリモマーチス
11.バンブトンオール
12.キャメロット
13.ホウシュウミサイル
14.ケンセダン
『春闘』、厩務員ストライキにより3週間の日程が延びた皐月賞。場所も東京競馬場で行われることとなった。
微妙に各馬に影響を及ぼしたかも・・・。
1番人気キタノカチドキ、2番人気バンブトンオール、3番人気エリモマーチス。
4番人気コーネルランサー、5番人気ミホランザン。
デビューから短距離中心に6戦4勝、快速で知られるニシキエースが逃げた。
追いかけるミホランザン。
キタノカチドキは3番手。内にウエスタンダッシュ、外カネオオエがマークした。
中団にコーネルランサー、バンブトンオール。
前の2頭の逃げは凄まじかった。
3コーナーでは逃げるニシキエース、3馬身、ミホランザン、あとは・・・15馬身以上離れた。
2頭による大逃げ。
それでも、キタノカチドキ鞍上・武邦彦は動じなかった。カネオオウを前に行かし、4番手でじっくり手綱を押さえた。
場内は騒然とした。届くのか?
軽快に他を引き離す2頭。
直線に入るや、その不安は消えた。
後続とともに差を詰め、直線の坂を馬なりで駆け上がるキタノカチドキ。
内ニシキエース、外ミホランザン。粘る2頭の間を割って入ると、武邦彦は初めて追いだした。
ムチは使わない。それでも、他を突き放した。
最内を通って、唯一迫ったコーネルランサー。
中島敬之の渾身の追い込みも、1馬身半、届かなかった、完敗。
キタノカチドキの強さ、武邦彦の冷静さ、それを見せつけられただけの皐月賞だった。
強い、キタノカチドキ。8連勝。
1着キタノカチドキ
2着コーネルランサー
3着ミホランザン
4着フェアーリュウ
5着ニシキエース
(つづく)