あの夏の日、君はひと際大きな輝きを見せた。
札幌記念。
後方から大捲り、
直線、強い強い男馬、ダークシャドウを、ヒルノダムールを呑み込んだ。
眩いまでの豪脚。
止まない、驚きの大歓声。
誰かが小さな声でつぶやいた。
神様、ありがとう。きょうも無事に走れました。
それまでの26戦、それからの5戦。
いつも願っていた。小さな、小さな、声で。
どうか、無事で走れますように。
なのに、
なのに、
感謝の言葉は言えなかった、ヴィクトリアマイル。
2006年、3月4日。北海道日高町・シンコーファームで生まれたフミノイマージン。
父マンハッタンカフェ、母シンコウイマージン。母の父ディキシーランドバンド。
2007年、北海道サマーセールで903万円で取引されたフミノイマージン。
良血とは言えない。それでも負けん気がフミノイマージンの走りを支えた。
栗東・本田優厩舎に入厩。デビューは2008年、12月。新馬戦で4着。
2009年。2戦目の未勝利戦で勝利。その後、6,4,1,4着。
5月24日。オークス。
賞金が足らず、抽選に恵まれかろうじて出走となった。
歴史に残るブエナビスタとレッドディザイアのハナ差の名勝負。
全く歯が立たず、3番手から直線ズリ下がり、12着に終わった。
秋、9月の初戦、道新スポーツ杯(1000万下)で勝利。
3勝目を上げるとともに休養に入った。
体がまだ競走馬として出来ていない。トモもまだパンとしていない。それでもこれだけ走る。
本田師は大英断を下した。
1年間の休養。
競走馬として、しっかりした体になれば素晴らしい馬になる。
確信があった。
2010年、9月。おおぞら特別(1000万下)で復帰。
立派な体つきになったフミノイマージン。馬体の弱々しさは消えた。
450㌔台だった馬体は474㌔に増えた。
好位から流れ込んだままの3着。1年ぶり、これも仕方なしか?
その後、月1走のペースで走った。5着、6着、6着。
期待とは裏腹に成績は上がって来ない。馬体も減り続け、元の452㌔までになってしまった。
調教ではしっかり追えてる。
大丈夫だ。
2011年。5歳となったフミノイマージン。
2月、稲荷特別(1000万下)で復活の兆しを見せた。
好位から道中、中団まで下がり、4コーナー10番手からこれまでにない切れ味を見せ、勝利。
馬体重も476㌔、完全に戻った。
但馬S(1600万下)を6着の後、格上挑戦した中山牝馬Sで14番人気2着となった。
後方16番手から、14頭の馬を追い抜いた。
その切れ味こそ、新生フミノイマージンの象徴となった。
好位からソツのない競馬をしていたフミノイマージンが、後方から末脚を爆発させる豪快なレースぶりへと変わっていった。
決して上手な変身とはいえない。
展開に左右される。馬群に包まれる危険性もはらんでいる。
それでもフミノイマージンの力は、追い込みによって最大限発揮された。
不器用な凄(すご)馬、それがフミノイマージンだった。
続く福島牝馬Sでは9番人気で1着。重賞初制覇。
10番手から追込み、まだ、信用し切れていない競馬ファンのド肝を抜いた。
鞍上・太宰啓介も重賞初勝利。このレースからほとんどの手綱を取る太宰とともに、フミノイマージンのG1への旅が始まった。
マーメイドS、愛知杯と重賞を2勝、強力牝馬と認められ、中距離の追い込み馬として多くのファンの心をつかんだ。
エリザベス女王杯8着、ヴィクトリアマイル15着、G1では距離、展開で泣かされた。
2012年、8月19日。札幌記念(G2)。
1番人気、天皇賞秋2着馬ダークシャドウ。2番人気、天皇賞春優勝ヒルノダムール。
14頭立て12番手を行くフミノイマージン。牡馬の最高峰を走る馬が相手。
燃えて走った。
3コーナーから大捲り、外から一気に差を詰めヒルノダムール、ダークシャドウに襲いかかった。
6歳牝馬とは思えない強さ。
2着ダークシャドウに半馬身の差をつけて完勝。
この強さこそ、本田師が思い描いていた強さだ。
このために1年間を休ませて体をつくった。
悲願ともいえる牝馬G1。
秋、意気揚々とエリザベス女王杯へ臨んだフミノイマージンだったが、折悪しく、苦手な重馬場。
11着に敗れた。
2013年。
現役続行、7歳。最後の年。
何としても、G1を獲らせたてやりたい。
牝馬G1は春のヴィクトリアマイル、秋のエリザベス女王杯。
5月12日、ヴィクトリアマイル。1600m。
得意距離ではないマイルG1。それでも、あくなき挑戦。
混戦。
チャンスはある。
16番手で4コーナーから直線を迎えようとしていた。
フミノイマージン、見せ場たっぷりは、これから。
ガクンッと躓いた。
蒼白な表情で、太宰はスピードを落とし下馬した。
右第1指関節脱臼。
予後不良、安楽死処分。
またもや、悲劇は繰り返された。
1分32秒4、速いタイムでヴィルシーナとホエールキャプチャが鼻面をそろえて駆け抜けて行った。
速いタイム。
なぜに必要なんだろうか?
もう、悲しみを、悲しみを続けないでほしい。
フミノイマージン、全31戦。
一度たりとして、欠かさなかった小さな、小さな声。
どうか無事で走れますように。
その願いさえ、
踏みにじるのかッ!
どうか、安らかに。
合掌。