阪神3歳Sを制覇。関西3歳(現表記2歳)チャンピオンとなったイブキマイカグラ。


440㌔台、牡馬として小柄な身でデビューから6戦。


春まで休養が与えられた。




1990年、3月。弥生賞、皐月賞トライアル。

クラシックへ向けて始動するイブキマイカグラ。


格が馬をつくる・・・が、

関西チャンピオン、王者然として威風堂々・・・とはいかなかったのが、イブキマイカグラであった。


相変わらずのやんちゃぶり。元気があり余った若武者でしかなかった。



他を圧する王者ぶりを見せていたのは、朝日杯3歳Sを制したリンドシェーバーだった。

怪物といわれたマルゼンスキーのレコードを破り、1分34秒0で優勝。クラシック出走権のない外国産馬が、イブキマイカグラを下し、名実ともに東西チャンピオンとなるべくトライアルにもかかわらず、参戦してきた。


1番人気リンドシェーバー、2月にヒヤシンスSも勝ち5戦4勝、2着1回。単勝1.6倍。

2番人気のイブキマイカグラは単勝4.3倍。


東西対決とはいえ、リンドシェーバー1強ムード。



ゲートが開き、先頭に立ったのは、セリで当時の史上最高価格3億6千万円の高値がついたサンゼウスだった。

すばやく2番手につけたリンドシェーバー。


イブキマイカグラはというと、鞍上・南井克巳が出して行こうとしても、相変わらず行かない。

前を行く2頭から大きく離れた、10頭立ての7,8番手を追走するのが、やっとだった。


それでも直線に入ると、馬群の間を縫うように進出。馬群から抜け出ると、一気に先頭を走るリンドシェーバーに迫った。


この馬、ひょっとしたら馬を追い抜くことを楽しんでいるのか?

そう思わせるように、イキイキと弾むイブキマイカグラ。


目前に迫った標的、リンドシェーバーに襲いかかったところがゴールだった。


クビ差、捉えきったイブキマイカグラは東西チャンピオンの称号をトライアルで得てしまった。




めざすは皐月賞。

厩舎陣営も、馬主も、生産牧場・社台ファームも、すべての人たちの期待がイブキマイカグラに集まった。


すべて期待は、1頭の天才ランナーの出現によって暗雲となる。

『皇帝』シンボリルドルフの仔、トウカイテイオーである。


3歳12月と、遅いデビューだったトウカイテイオーが若葉Sを勝ち4連勝で皐月賞に臨んできたのだ。


無敗で3冠馬となった『皇帝』の仔。イブキマイカグラ以上の血の素質を持ち、5,6番手で折り合い、4コーナーを回ったところでは2,3番手に上がり、直線では危なげなく先頭に立つ。

シンボリルドルフがそうであったように、勝ち方を知る走りを生まれもってわかっているかのような、レースぶり。完璧なまでに勝利の追求者だ。


一方、頑固なまでに自分の気で走るイブキマイカグラ。

彼にとって勝ちは必然ではなく、必然は直線、馬を追い抜く快感だったのかもしれない。


前にいれば、追い抜く数が少ない。

勝つこと? イブキマイカグラにとって、単なる結果にすぎなかった。


トウカイテイオーの出現も、まったく意に介さなかったのは誰でもないイブキマイカグラだった。




4月14日、皐月賞。


『皇帝』の仔が『帝王』となる一戦だった。


トウカイテイオーは5番手につけ、4コーナーで2番手に上がり、直線、難なく抜け出した。

余裕をもって追い込んできたシャコーグレイド、イイデセゾンを抑え込んだ勝利。


無敗で皐月賞を獲り、父シンボリルドルフをなぞるかのように3冠へ。『帝王』の道を走り出した。


いつものように後方に位置したイブキマイカグラは、同じ位置にいたシャコーグレイドに先を越され、後ろにいたイイデセゾンまでも抜かれて4着。

楽しむことができなかった。屈辱だった。


クラシックレース、勝つために全霊で取り組んできている馬たちの気迫に圧倒された。

能力では負けない、思っていた馬たちに先を越された。


気迫の違い。

勝ちたい思い。


屈辱の中で、サラブレッドとして眠っていた闘志が沸き出てきている自分を知った。



5月、NHK杯。芝2000m。当時、ダービートライアルだったレース。

東京2000m、今以上に改修前のコースは外枠不利といわれた。

そのコースで大外16番枠に入ったイブキマイカグラ。



イブキマイカグラにとって、惜別のレースだった。

後方待機、直線の追い抜きを楽しむ。わがままレースは、これが最後だ。


ダービーは勝つために走る。

イブキノマイカグラの心は大きく変貌していた。



スタートするなり後方に位置したイブキマイカグラ。

3コーナーで馬群が固まった。


重なり合う馬群。イブキマイカグラは大外に進路をとった。


馬群の外、外を回って追い上げを見せたかのようであるが、直線に入った時は距離多く走っただけで、大外最後方だった。


東京・府中名物、直線半ばの坂を駆け上がっても、まだ後方。

とても、無理。


誰もが思った。



なんの、これしきッ! みんな、みんな、追い抜いてやるッ!


闘争心がメラメラ燃え上がった。


栗毛の馬体が黄金色に輝きイブキマイカグラの馬体が、舞った。



内でひしめく馬の群れが止まった、かのように。


ただ1頭、大外を突きぬけたイブキノマイカグラはすべてを抜き去り、さらに2着に粘ったカミノスオードを1馬身半、置き去りにしてゴールした。



15頭すべてを直線だけで切って捨てたイブキマイカグラ。

最後のわがままレースの中に限りない闘争心を沸き起こしていたことに、気づいていない。


痺れるほどの鬼脚に、ダービーでの雪辱を確信していたのは、鞍上・南井だった。



この脚なら、


長い直線の東京・府中、ダービーでトウカイテイオーに勝てる。



イブキマイカグラに器用さは要らない。



思いのままに走らせ、鬼脚を発揮させられれば、勝ちはやって来る。



たとえ、相手がトウカイテイオーであろうと・・・。




燃えるダービー。



だが、イブキマイカグラにダービーのゲートは開かなかった。




ダービー、3日前。


イブキマイカグラ、骨折判明、出走断念。



(つづく)