牝馬なら、出たくないであろうはずがない乙女の祭典。


桜花賞も、オークスも、ただ見つめてた。



ついに、捥ぎ取った。


トライアル、ハナ差3着。優先出走権。




ブゼンキャンドルは条件馬の身で秋華賞に出走してきた。



1番人気、桜花賞3着、オークス2着、トゥザヴィクトリー(トゥザグローリーの母)。

2番人気、女傑ヒシアマゾンの全妹、3連勝でローズSを制覇したヒシピナクル。

3番人気、桜花賞2着、オークス5着、フサイチエアデール。

4番人気、オークス馬ウメノファイバー。

5番人気、6月デビューで4戦3勝2着1回、遅れてきた良血エアザイオン。(2005年・アメリカ映画『夢駆ける馬ドリーマー』のモデルとなったマライアズストームは半姉)。



桜花賞馬、オークス3着プリモディーネを除いた世代の美女が勢ぞろいした。



活躍馬が途絶えがちな、かつての名門『ブゼン』『ホウシュウ』。

故郷、上田牧場は経営難に陥っていた。


祖祖母に障害女王ムーテイイチをもつブゼンキャンドルには、障害転向プランが持ち上がっていた。


平場に踏ん切りをつけるためのトライアル・ローズS出走だったかもしれない。


夢は失わない限り、叶う。


3着ならば、3着になれば・・・、ブゼンキャンドルの本気ごころが成し遂げた秋華賞出走。




レースは始まった。


阪神内回り2000m。先行有利、内枠有利といわれるコースで16番枠から16番手につけたブゼンキャンドル。

単勝12番人気。誰もその存在を意識していなかった。



風は吹いた。



エーシンルーデンスが逃げ、1番人気トゥザヴィクトリーが追いかけた。

内からメジロビクトリア、大外からメジロサンドラ。

内から外から、前へ、前へ、と各馬がしのぎを削った。



前半1000m、58秒4、ハイペースだッ!



にもかかわらず、中団にいたヒシピナクル、フサイチエアデールが、向う正面から捲り気味に進出。


つられて上がるウメノファイバー、激しい展開に馬群でもまれるエアザイオン。



後方から1頭1頭、追い抜くだけ。姿勢を貫くブゼンキャンドルは只事ならぬ展開に、面食らっていた。

それでも、自分の脚は冷静だった。


変わらぬ脚で追走し、3,4コーナーの中間にさしかかった時、違うと感じた。


見る間に前の馬を追い越す自分がいる。


いや、前の馬がバテて下がってきているのだ。




驚きと、喜び。


母さん、なんか、わたし、やれるかもッ!



直線、8番手で迎えたブゼンキャンドルは、外を一気に駆け抜けた。


早め、早めに行った馬たちに抵抗する脚はない。


並ぶ間もなく置き去りにするブゼンキャンドル。



見えたッ! 内から先頭に立ったヒシピナクル。

彼女さえ抜けば、一番だ!



その時だった。



ブゼンキャンドルより後方、ドンジリで脚を溜めていた馬が大外から牙を剥いた。


10番人気、クロックワークだッ!。

3月初出走という遅咲きでオークスでは5番人気となったが9着に敗れ、人気を落としていた関東の刺客。



剛腕・横山典弘のムチに呼応して、凄まじい末脚で迫ってきた。



ここまで来たら、負けられない!


私よ、がんばってッ!



ブゼンキャンドルの渾身一滴、一生一度の脚が炸裂した。



ヒシピナクルを追い抜き、クロックワークの猛追をクビ差凌いだ。





秋華賞優勝。



はるか過ぎた夢が、現実となった。





その後、ブゼンキャンドルは勝てなかった。

エリザベス女王杯14着、阪神牝馬特別11着、TCK女王盃(ダート)10着、中山牝馬S10着。


障害に転向も4戦目に初勝利。飛越の拙さに断念、平場に戻った。


マーメイドS11着、クイーンS12着、京都大賞典11着、エリザベス女王杯11着。


引退となった。




決して秋華賞で満足したわけではない。いつも、どんな時も、真剣だった。

ひたすら走った。



あの時は、すべてが充実していた。



そして、風が吹いた。


故郷、白老から遠く長い風が吹いたのかもしれない。


母からの想いの風。





2001年に上田牧場は閉鎖され、上田一族は競馬界から去ることとなった。

2000年、11月に登録を抹消されたブゼンキャンドルはノーザンファームで繁殖牝馬として繋養。いま、産駒は現役にダノンインスパイア(1勝)、タガノキャンドル(1勝)がいる。

2010年に受胎したままセールで売却され、那須野牧場に移った。2011年に生まれた仔はハーツクライとの仔。




活躍馬は見られない。



しかし、ブゼンキャンドルは夢見ている。



わが仔に、その活躍を。






母がくれたように、




遠く長い風を、送りたい。