ミスターシービー。


同じ千明(ちぎら)牧場産に2頭いる。

初代は1943年産。東京優駿大競走(ダービー)にも出た馬だ。

『シービー』の冠は千明牧場(Chigira Bokujou)のCB。


群馬県にある名門牧場の3代目・千明大作氏。大作氏によって生みだされたと言っても過言でない2代目ミスターシービー、それは大作氏の心の中で約束された馬だった。

母シービークインが新馬戦で一緒に走った相手、トウショウボーイ。その姿かたち、走りを見るなり「これはきっと種馬になる馬、シービークインが繁殖に戻ったらこの馬と種付けしよう」

心に描いた馬が、ミスターシービーだった。


後に『同級生同士の結婚』といわれたトウショウボーイとシービークイン。シービークインはミスターシービーのあと、1頭も産駒を残していない。

「初恋の馬トウショウボーイを慕う余りに…」とは人の妄想。



千明大作氏の描いた妄想とは裏腹に、日高の馬のための種牡馬となったトウショウボーイ。日高軽種馬農協の種馬場・徳永晴美場長の掟破りの申請受諾によって、生まれてくるはずのないミスターシービーは、この世に生を受けた。


父トウショウボーイは「日本一の美形」といわれた美男。ミスターシービーは父をも超える美男といわれた。

まぁるく大きく、澄み切った瞳は母シービークイン似。


シービークインを管理することとなる美浦・松山康久調教師は、当歳の夏までに3度も訪れ、入念にミスターシービー見て行ったという。

松山氏は初見で皮膚の美しさに感動、「実に美貌」と評している。




1982年、11月。新馬デビューしたミスターシービー。競馬は美しさだけで勝てるものではない。

ミスターシービーは美貌とともに、底知れぬ競走能力をも蓄えていた。

鞍上に逃げ・追込み極端な戦法で知られる個性派・吉永正人を迎え、先行から2着馬に5馬身差の圧勝劇を見せた。


これは大器だ。

レース前から評判馬ではあったが、マスコミが一気にクラシックの有力馬に押し上げた一戦。

好位抜け出し、完璧なレース。


ミスターシービーにとって、最初で最後の優等生レースとなった。



2戦目、黒松賞ではスタートで大きく出遅れ、一気に先団に取りつき、かろうじてクビ差の勝利。


3戦目、ひいらぎ賞、またもや出遅れ、中山の4コーナーでまだ後方、届かない。

その位置から脅威の末脚を繰り出した。ウメノシンオーにクビ差2着。


「出遅れ」、思わぬ課題をつくってしまったミスターシービー。

3歳(現表記2歳)戦を終了。マスコミの評価はクラシック有力馬の一角にすぎなかった。

陣営にも不安さは隠し切れなかった。


ただ一人。限りない手応えを感じていた男がいた。

鞍上・吉永正人だ。


出遅れて、2戦目は一気に前へ行ってしまったミスターシービー。勝つには勝ったが、吉永正人は一気にいってしまったシービーの性格に不安を覚えた。

3戦目、また出遅れた。この馬はこうなんだ。吉永正人はシービーの弱点を受け入れた。

その上で、シービーの末脚を測った。

道中を動くことなく、後方のまま。直線だけで、どれだけの脚が使えるか?


負けはしたがクビまで迫った末脚に、納得した。



これがミスターシービーなんだ。

不器用な馬。



新馬戦は偶然。

出遅れをムリに矯正させようとしたら、こいつは潰れる。

出遅れて、位置を上げようとして出したら、一気に行ってしまった性格。


弱点をカバーできる性格じゃない。

この馬のもつ能力のすべてを、末脚にかけよう。



生涯連対率.307を誇りながら、1000勝にも満たない461勝しか上げなかった吉永正人。

稀代の個性派として知られたが、彼もまた、実直で不器用な男だった。




1983年。

2月、共同通信杯。出遅れなかったミスターシービー。だが、鞍上・吉永正人は最後方からレースを進めた。

これが、おまえの走りだよ。

ミスターシービーにわからせるために。


最後方ポツン。

ミスターシービーはターフの心地をを楽しむかのように走った。


ゴーサインが出たのは3コーナー。

前走で直線の脚を測った吉永は、捲りに出た。


直線入り口で先行馬を射程圏にとらえ、好位から抜け出したウメノシンオーに襲いかかった。

ゴールではアタマ差、抜き去った。


差はわずか。だが、吉永正人・ミスターシービーにとっては余裕の勝利だった。


あそこから動けば、差し切れる。


確信をもった。



3月、弥生賞。

先行有利、トリッキーなコースといわれる中山競馬場。

戦法は同じだった。


3コーナーから捲り進出。直線、その破壊力を中山の馬場でも見せつけた。

2着スピードトライに1馬身2分の1。




美しき容姿、イケメン・ミスターシービー。


その実、


不器用がゆえの型破りの後方一気。




図らずも、人気は頂点に達した。




人気というプレッシャーのなかで、



型破り戦法は実を結ぶのか?





脚を余して負ければ、非難の集中砲火。



火を見るよりも明らかだ。




それでもクラシック戦線に突き進む。




ミスターシービー。




その瞳に、一点の曇りもなかった。



(つづく)