良血、超良血の繁殖牝馬が居並ぶ大手生産牧場はなく、
中小牧場が数多く点在する日高地方。
2007年、5月7日。北海道新ひだか町・橋本牧場で生まれた鹿毛の仔馬。
父マンハッタンカフェ、母シュアエレガンス。母の父ラムタラ。
父マンハッタンカフェは3歳デビューということもあり春のクラシックには間に合わなかったが、距離が延びるとともに真価を発揮し、菊花賞、有馬記念を連覇。天皇賞春でG1・3勝。凱旋門賞に挑戦も13着と敗れ、屈腱炎を発症、引退。
母の父ラムタラは4戦4勝で英・ダービーS、キングジョージ&クイーンエリザベスS、凱旋門賞の欧州三大競走完全制覇。33億円という日本競馬史上最高価格で種牡馬として輸入された。欧州の重厚な血が日本の競馬に合わなかったか、活躍馬も出ぬままに、格安価格でイギリスへ買い戻された。
父マンハッタンカフェこそサンデーサイレンスの直仔であり、現代競馬にあった血脈ではあるが、母系は決してスピード優先の現代競馬に向いているとは言えない。
ただ、父マンハッタンカフェと、底力をもつ母父ラムタラの重厚な血が融合し、覚醒すれば・・・。
深遠な期待を込めて生まれてきた鹿毛の仔馬。
「ヒルノ」の冠の馬主・蛭川正文氏に買われ、栗東・昆貢厩舎に入厩。
ヒルノダムールと命名された。ダムール=フランス語で愛。
2009年、11月。新馬戦デビューはアリゼオの2着と敗れるも、昆師はヒルノダムールの底知れない力を直感していた。
続く未勝利戦を完勝し、3戦目がラジオNIKKEI杯2歳Sだった。
近年、2000mという距離からも、3歳クラシックを意識した馬が多く出走する重賞。
1着ヴィクトワールピサ、2着コスモファントム、3着ダノンシャンティ、次いで4着がヒルノダムールだった。
1着ヴィクトワールピサからは0.2秒差。
マスコミから、新馬勝ちしたなりで臨んだダノンシャンティともども、3歳の成長が大いに期待される1頭に挙げられた。
クラシックの王道にムリに乗せない。馬に合わせ、馬本位でローテーションを定めるという昆師。
ディープスカイでNHK杯、ダービーの変則2冠を達成した時も、ディープスカイの成長に合わせたローテーションがそれだっただけ。
昆師にとって馬本位のローテーションこそ、王道という。
3歳になったヒルノダムール。
2010年、1月。若駒Sで超良血ルーラーシップに勝ち2勝目。
3月。若葉Sではペルーサの2着。
4月18日、皐月賞。
エイシンフラッシュとともに、直線、猛然と追い込むもヴィクトワールピサの2着。
5月30日。日本ダービーに臨んだ。
史上希にみる豪華メンバーといわれたダービー。
1番人気、ヴィクトワールピサ(社台ファーム)。
2番人気、ペルーサ(社台ファーム)。
3番人気、ヒルノダムール(橋本牧場)。
4番人気、ルーラーシップ(ノーザンファーム)。
5番人気、ローズキングダム(ノーザンファーム)。
6番人気、アリゼオ(白老ファーム)。
7番人気、エイシンフラッシュ(社台ファーム)。
8番人気、リルダヴァル(ノーザンファーム)。
9番人気、レーヴドリアン(ノーザンファーム)。
10番人気、トゥザグローリー(ノーザンファーム)。
ヒルノダムールを除いたすべての人気上位馬が社台系の大牧場生産馬。
日本サラブレッド生産界のエリート集団だ。
その中で「3歳クラシック1冠は必ず獲る」、豪語した昆師。
エリートに負けない強さを持つ、信念をもっていた主戦・藤田伸二。
何よりも、日高の中小牧場の期待の星となったヒルノダムール。
レースは馬群に包まれ、幾度もの不利を被り、9着と敗れた。
夏、札幌記念を古馬と対戦し4着。
レースを使わず菊花賞に直行。ビッグウィークの7着と敗れ去った。
鳴尾記念、ルーラーシップの2着。
2011年、1月。日経新春杯、ルーラーシップの2着。
2月。京都記念、トゥザグローリーの3着。
その間、ジャパンカップをローズキングダム1着(ブエナビスタの降着)、ヴィクトワールピサ3着。
有馬記念、ヴィクトワールピサ1着、トゥザビクトリー3着。
同期のエリート集団が強い3歳馬を証明して見せていた。
善戦するもエリート集団の誰かに負けるヒルノダムール。
強い世代の脇役的存在となっていた。
このままじゃあ・・・、ジレンマのなかでも、昆師と藤田は望みを捨てていなかった。
いつか、覚醒する。
生まれもっての心肺機能の高さ。
決してかかることのない気性。
大目標は3200m、天皇賞春。
頂上へ向けて、王道のローテーションは馬本位。
4月、大阪杯2000m。1年3か月ぶりの勝利はレコード駆けだった。3着にエイシンフラッシュを従えて、久々に見せた勝利。
ゴール前、なぜかフラフラして減速する悪癖。
是正されていた。
躊躇(ためら)いはない、勝ちに行く!
5月1日。天皇賞春。
有馬記念3着のあと、日経賞、京都記念連勝。いち早く覚醒した良血トゥザグローリーが1番人気。
2番人気、2歳チャンプ、ジャパンカップ覇者ローズキングダム。
3番人気、ダービー馬エイシンフラッシュ。
4番人気、出遅れがたたり無冠も潜在能力は№1といわれるペルーサ。
大阪杯をレコード勝ちながら同期エリート集団から遅れをとるばかりか、他の世代にも人気で劣ったヒルノダムール、7番人気。
パドックで見守る昆師、鞍上・藤田、想いは一つだった。
勝つ!
ダービーで、菊花賞で不利を受け、思うにならない成績に、ダムールに申し訳ないと感じた藤田は「騎手を替えてもらってもいい」と進言した。
だが、昆師は替えるつもりもなかった。
ヒルノダムールを育て上げたのは藤田も同じ。
ともに苦労した人馬、ともに勝利をつかまねば・・・、それが、人馬一体。
逃げ馬のいないレース。スローペース必至。
ひっかからないこと、それが各騎手の最大のポイント。
逃げるか、とも思われたナムラクレセントが出遅れ、ゲシュタルトが飛び出したが、コスモヘレノスがかかって先頭。
1番人気のトゥザグローリー。主戦・福永祐一が騎乗停止で四位洋文が鞍上。かかりっぱなしでついには先頭に。
予期せぬ展開に場内は騒然。
ローズキングダム・武豊も中団でかかりぎみ。
ペルーサ・横山典弘は馬群の中でもまれ通し。
好スタートから徐々に中団、内に入ったヒルノダムール・藤田はかかることもなく、虎視眈々。
すぐ後方外を行くエイシンフラッシュ・内田博幸。
皐月賞前の3戦以外、すべて手綱を取るウチパク。スローペースもかからずに、満を持す。
向う正面から3コーナー、出遅れ後方だったナムラクレセント・和田竜二が一気に捲って先頭に出た。
併せるようにマイネルキッツ、ローズキングダムも押して上がろうとする。
付いて行くトゥザグローリー。しかし、手応えがもはや、あやふやだった。
直線、逃げ込みを図るナムラクレセント。
スローペースにもかかわらず先行勢はすでにいっぱい、いっぱい。
ここだッ!
外から猛然と追い上げるエイシンフラッシュ。
同じくして、馬群を縫って進出してきたのが、ヒルノダムールだ! 藤田だ!
グイグイ伸びる2頭。
ゴール前、内で粘るナムラクレセントを一気に交わし、
ゴールを
ブチ抜いたッ!
半馬身、先にゴールを駆け抜けたのは、
ヒルノダムールだった。
エリート集団を、蹴散らした。
勝利の雄叫びとともに
男・藤田は号泣した。
天皇賞勝利に全力をかけたヒルノダムールは、宝塚記念を見送り休養に入った。
その先には凱旋門賞がある。
父の果たせなかった夢。
母の父が成し得た夢。
いま、ヒルノダムールはめざそうとしている。
ダムール。
厩舎、騎手、馬主、生産牧場、限りない愛を身にまとい。
突き進むは、己が夢。
中小牧場が数多く点在する日高地方。
2007年、5月7日。北海道新ひだか町・橋本牧場で生まれた鹿毛の仔馬。
父マンハッタンカフェ、母シュアエレガンス。母の父ラムタラ。
父マンハッタンカフェは3歳デビューということもあり春のクラシックには間に合わなかったが、距離が延びるとともに真価を発揮し、菊花賞、有馬記念を連覇。天皇賞春でG1・3勝。凱旋門賞に挑戦も13着と敗れ、屈腱炎を発症、引退。
母の父ラムタラは4戦4勝で英・ダービーS、キングジョージ&クイーンエリザベスS、凱旋門賞の欧州三大競走完全制覇。33億円という日本競馬史上最高価格で種牡馬として輸入された。欧州の重厚な血が日本の競馬に合わなかったか、活躍馬も出ぬままに、格安価格でイギリスへ買い戻された。
父マンハッタンカフェこそサンデーサイレンスの直仔であり、現代競馬にあった血脈ではあるが、母系は決してスピード優先の現代競馬に向いているとは言えない。
ただ、父マンハッタンカフェと、底力をもつ母父ラムタラの重厚な血が融合し、覚醒すれば・・・。
深遠な期待を込めて生まれてきた鹿毛の仔馬。
「ヒルノ」の冠の馬主・蛭川正文氏に買われ、栗東・昆貢厩舎に入厩。
ヒルノダムールと命名された。ダムール=フランス語で愛。
2009年、11月。新馬戦デビューはアリゼオの2着と敗れるも、昆師はヒルノダムールの底知れない力を直感していた。
続く未勝利戦を完勝し、3戦目がラジオNIKKEI杯2歳Sだった。
近年、2000mという距離からも、3歳クラシックを意識した馬が多く出走する重賞。
1着ヴィクトワールピサ、2着コスモファントム、3着ダノンシャンティ、次いで4着がヒルノダムールだった。
1着ヴィクトワールピサからは0.2秒差。
マスコミから、新馬勝ちしたなりで臨んだダノンシャンティともども、3歳の成長が大いに期待される1頭に挙げられた。
クラシックの王道にムリに乗せない。馬に合わせ、馬本位でローテーションを定めるという昆師。
ディープスカイでNHK杯、ダービーの変則2冠を達成した時も、ディープスカイの成長に合わせたローテーションがそれだっただけ。
昆師にとって馬本位のローテーションこそ、王道という。
3歳になったヒルノダムール。
2010年、1月。若駒Sで超良血ルーラーシップに勝ち2勝目。
3月。若葉Sではペルーサの2着。
4月18日、皐月賞。
エイシンフラッシュとともに、直線、猛然と追い込むもヴィクトワールピサの2着。
5月30日。日本ダービーに臨んだ。
史上希にみる豪華メンバーといわれたダービー。
1番人気、ヴィクトワールピサ(社台ファーム)。
2番人気、ペルーサ(社台ファーム)。
3番人気、ヒルノダムール(橋本牧場)。
4番人気、ルーラーシップ(ノーザンファーム)。
5番人気、ローズキングダム(ノーザンファーム)。
6番人気、アリゼオ(白老ファーム)。
7番人気、エイシンフラッシュ(社台ファーム)。
8番人気、リルダヴァル(ノーザンファーム)。
9番人気、レーヴドリアン(ノーザンファーム)。
10番人気、トゥザグローリー(ノーザンファーム)。
ヒルノダムールを除いたすべての人気上位馬が社台系の大牧場生産馬。
日本サラブレッド生産界のエリート集団だ。
その中で「3歳クラシック1冠は必ず獲る」、豪語した昆師。
エリートに負けない強さを持つ、信念をもっていた主戦・藤田伸二。
何よりも、日高の中小牧場の期待の星となったヒルノダムール。
レースは馬群に包まれ、幾度もの不利を被り、9着と敗れた。
夏、札幌記念を古馬と対戦し4着。
レースを使わず菊花賞に直行。ビッグウィークの7着と敗れ去った。
鳴尾記念、ルーラーシップの2着。
2011年、1月。日経新春杯、ルーラーシップの2着。
2月。京都記念、トゥザグローリーの3着。
その間、ジャパンカップをローズキングダム1着(ブエナビスタの降着)、ヴィクトワールピサ3着。
有馬記念、ヴィクトワールピサ1着、トゥザビクトリー3着。
同期のエリート集団が強い3歳馬を証明して見せていた。
善戦するもエリート集団の誰かに負けるヒルノダムール。
強い世代の脇役的存在となっていた。
このままじゃあ・・・、ジレンマのなかでも、昆師と藤田は望みを捨てていなかった。
いつか、覚醒する。
生まれもっての心肺機能の高さ。
決してかかることのない気性。
大目標は3200m、天皇賞春。
頂上へ向けて、王道のローテーションは馬本位。
4月、大阪杯2000m。1年3か月ぶりの勝利はレコード駆けだった。3着にエイシンフラッシュを従えて、久々に見せた勝利。
ゴール前、なぜかフラフラして減速する悪癖。
是正されていた。
躊躇(ためら)いはない、勝ちに行く!
5月1日。天皇賞春。
有馬記念3着のあと、日経賞、京都記念連勝。いち早く覚醒した良血トゥザグローリーが1番人気。
2番人気、2歳チャンプ、ジャパンカップ覇者ローズキングダム。
3番人気、ダービー馬エイシンフラッシュ。
4番人気、出遅れがたたり無冠も潜在能力は№1といわれるペルーサ。
大阪杯をレコード勝ちながら同期エリート集団から遅れをとるばかりか、他の世代にも人気で劣ったヒルノダムール、7番人気。
パドックで見守る昆師、鞍上・藤田、想いは一つだった。
勝つ!
ダービーで、菊花賞で不利を受け、思うにならない成績に、ダムールに申し訳ないと感じた藤田は「騎手を替えてもらってもいい」と進言した。
だが、昆師は替えるつもりもなかった。
ヒルノダムールを育て上げたのは藤田も同じ。
ともに苦労した人馬、ともに勝利をつかまねば・・・、それが、人馬一体。
逃げ馬のいないレース。スローペース必至。
ひっかからないこと、それが各騎手の最大のポイント。
逃げるか、とも思われたナムラクレセントが出遅れ、ゲシュタルトが飛び出したが、コスモヘレノスがかかって先頭。
1番人気のトゥザグローリー。主戦・福永祐一が騎乗停止で四位洋文が鞍上。かかりっぱなしでついには先頭に。
予期せぬ展開に場内は騒然。
ローズキングダム・武豊も中団でかかりぎみ。
ペルーサ・横山典弘は馬群の中でもまれ通し。
好スタートから徐々に中団、内に入ったヒルノダムール・藤田はかかることもなく、虎視眈々。
すぐ後方外を行くエイシンフラッシュ・内田博幸。
皐月賞前の3戦以外、すべて手綱を取るウチパク。スローペースもかからずに、満を持す。
向う正面から3コーナー、出遅れ後方だったナムラクレセント・和田竜二が一気に捲って先頭に出た。
併せるようにマイネルキッツ、ローズキングダムも押して上がろうとする。
付いて行くトゥザグローリー。しかし、手応えがもはや、あやふやだった。
直線、逃げ込みを図るナムラクレセント。
スローペースにもかかわらず先行勢はすでにいっぱい、いっぱい。
ここだッ!
外から猛然と追い上げるエイシンフラッシュ。
同じくして、馬群を縫って進出してきたのが、ヒルノダムールだ! 藤田だ!
グイグイ伸びる2頭。
ゴール前、内で粘るナムラクレセントを一気に交わし、
ゴールを
ブチ抜いたッ!
半馬身、先にゴールを駆け抜けたのは、
ヒルノダムールだった。
エリート集団を、蹴散らした。
勝利の雄叫びとともに
男・藤田は号泣した。
天皇賞勝利に全力をかけたヒルノダムールは、宝塚記念を見送り休養に入った。
その先には凱旋門賞がある。
父の果たせなかった夢。
母の父が成し得た夢。
いま、ヒルノダムールはめざそうとしている。
ダムール。
厩舎、騎手、馬主、生産牧場、限りない愛を身にまとい。
突き進むは、己が夢。