生まれた仔馬が最初にすること、4本の脚で立つこと。

誰の手も借りず、自らの力で、立つ。

そして、母の乳を吸う。

生まれて初めて、母の愛を一身に受ける。


仔馬が乳を食む光景。何人も入り込めない母仔だけの世界がそこにある。


1994年5月6日。1頭の牝馬が生まれた。

父メジロライアン、母メジロビューティー。

1歳上のサンデーサイレンスとの仔は、生まれてまもなく死亡。メジロビューティーの血液検査が行われた。結果、特殊な血液型が判明。当時、日本の種牡馬で適合するのは約22%とわかった。が、すでにメジロビューティーは不適合なメジロライアンとの仔を身籠っていた。


それが、メジロドーベルだった。


父母不適合な仔は免疫力がつくまで、母の乳を飲めない。死に至らしめることもある。実の母の乳を飲めないメジロドーベルは、同じ牧場にいるメジロローラントの乳をもらった。

奇しくも3代母メジロボサツも母の乳を飲めない仔馬だった。ボサツの母は難産の末、ボサツを産んですぐ死亡したのだ。


当歳時、メジロドーベルは放牧中に手術が必要なほどの重度の骨折をし、馬房内で暮らす日々が続いた。


強く、荒々しい牝馬と思えぬ名、メジロドーベル。

その実、頭に白い星をもち、後肢に短く白いソックスを履いた、可憐にして不遇な乙女だった。



不適合という血を払拭するかのようにメジロドーベルは走った。

後方、中団に身を潜め、直線、その牙を剥くかのように差し脚を爆発させ、先行馬に襲いかかった。


3歳(現表記2歳)、5戦4勝、G1阪神3歳牝馬ステークス制覇。

4歳、6戦3勝、桜花賞2着、オークス1着、秋華賞1着。

5歳、牡馬相手に苦戦するも、牝馬同士では強さを発揮、女傑エアグルーヴを破りエリザベス女王杯を制覇。


6歳となり、迎えた11月14日、エリザベス女王杯。

5歳馬、前年の桜花賞・秋華賞馬ファレノプシス、オークス馬エリモエクセル、エガオヲミセテ。

4歳馬、この年大波乱の秋華賞馬ブゼンキャンドル、2着馬クロックワーク、3着馬ヒシピナクル、フサイチエアデール。

そして、2年連続制覇を狙うメジロドーベルがいた。


大外からメジロビクトリアの玉砕逃げで始まり、好位を行くヒシピナクル、エガオヲミセテ、中団からじっくり行くのがファレノプシス、メジロドーベルだった。

その後ろに、ファサイチエアデール、エリモエクセル、さらに後方にブゼンキャンドル、最後方からクロックワーク、縦長の展開。

じっと我慢のメジロドーベル。

「時代は終わった」という声を覆さんと、身を潜めた。


牙を剥くのは、直線だ!


冷静に、静かに、時を待った。


4コーナーを回り、あとは直線だけ。


いまだとばかりに、スパート!


襲いかかるは先行勢。


見る間に迫り、追い抜く!


好位から踏ん張るエガオヲミセテを捕え、猛然と追い込む、若き4歳フサイチエアデールを4分の3馬身抑え、ゴールに飛び込んだ。


2年連続エリザベス女王杯制覇。見事に達成し、メジロドーベルは引退した。



繁殖牝馬となって、メジロドーベルには大きな思いがあるはずだ。

それは、わが仔に乳をあげること。

そして、強く、速く走って血を繋いでくれること。


第1子、第2子は未出走のまま繁殖入り。第2子は出走前に失明。

第3子は未勝利のまま競走中故障予後不良。

第4子は2戦1勝で腰を怪我で悪くし、引退。

第5子メジロオードリー(3歳)、3戦1勝、フェアリーS4着。休養中。


なぜか不遇が続く。


第5子まですべて牝馬だったメジロドーベルに初めて生まれた牡馬、第6子(2歳)がいま、入厩中。

父がディープインパクト。ドーベルと合わせて12冠の仔ども。


わが不遇を吹き飛ばしてくれることを、ひたすら祈るメジロドーベルだろう。


その名は、メジロダイボサツ。


不遇を振り払え! メジロの願いを込めて。