昔、サチカゼという馬がいた。


1956年生まれ。父ライジングフレーム、母ハマカゼ。

500㌔を超える雄大な馬格ながら、仕上がり早く3歳(現表記2歳)夏デビュー。

2戦目に勝利。5戦目に2勝目をあげてから破竹の5連勝。クラシックロードに乗った。


オープン馬として重賞に出走したが、惨敗続き、ダービーではコマツヒカリの22着と惨敗。

古馬となって天皇賞でもブービー。

頂点の壁は厚かった。


だが、勝てないまでも5連続2着を記録するなど、クラシック以外ではサチカゼなりに、精一杯の走りを見せた。

さしたる故障もなく、当時としては雄大な馬格から『不沈艦』という異名をとった。


6歳、安田記念をホマレボシの僅差2着のあと、3連勝。

勢いに乗って挑戦したのが1961年、天皇賞秋3200mだった。


7頭立てという小頭数だが、ホマレボシに地方出身のオンスロート、タカマガハラが挑むことで話題を呼んだ。

人気はなくともサチカゼ陣営も最近の好成績に意を強くしていた。


レースはハローモアの先行で始まり、2番手にオンスロート、その直後にシーザーとともに走るサチカゼ。

好位で虎視眈眈と機をうかがっていた。


2周目、3コーナーからレースは動いた。オンスロートのスパートだ。

呼応して各馬がペースアップ!


だが、サチカゼは遅れはじめた。

どんどん、どんどん、離されていく。


おかしい!


4コーナーを回った時、


もう先頭は


はるか彼方だった。



6着オンワードベルから、さらに後方。


30mほど離されて、サチカゼはゴールした。

ゴール直後、サチカゼは前のめりに崩れ落ちた。


2,3度の痙攣、動かなくなった。心臓麻痺による即死。

馬は心臓が止まっていても惰性で走るといわれる。


おそらく、ゴール数メートル手前では心臓は止まっていただろう。

それより、数十メートル手前では心臓は破裂寸前であったろう。


それより、数百メートル手前では、

心臓は重い重い痛みを、サチカゼに与えていただろう。


遠い遠い昔から、人間は血の淘汰によってサラブレッドを完成させてきた。

より強く、より速く走ること。

走ることを、サラブレッドの本能に変えてしまった。


ゴールがある限り、サラブレッドは走る。




胸の痛みを覚えた3コーナー。



痛い、痛い!



みんな、追い越して行く。



置いてかないでくれ!



なぜだ! 胸が、心臓が痛い!



ダメだ! オレ!



ナニクソ!



だが…、痛い!



心臓が破裂しそう。



オレ、死ぬかも。




揺れてる、周りが揺れてる。




あれは、




あれが、ゴールか?




そうだ!




ゴールだ。




行かなくちゃ。






行かなく





ちゃ。





ゴール。





サチカゼ、その走りを私は見たことはない。

サチカゼ、何を思って、走ったか!

私にはわからない。


ただ、その痛みの何十分の一でも感じてあげられれば、そう思う。合掌。