俗に言う(?)怨憎会苦というやつ | 隠者の庵

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自閉症スペクトラム(広汎性発達障碍)当事者が気ままに壁打ちで文章を書き連ねます。
あと趣味についても適当に書き連ねます。何故か見た夢も記述します。

どこの学校に行っても、どこの職場に行っても、大体そりの合わない人というのは大抵いる。

自閉症スペクトラムでさらに許容範囲が狭くなれば、出くわす確率も更に増える。

この合わない人に会わなければならないのが、怨憎会苦という話なのだが、

実際今までもどこかに必ず信念上タイプが合わなくなる人間は出てくるわけで、

逃げようと思っても逃げられない。もし完璧に逃げるならば世を捨てるしかない。

私からすれば現実の法律や規則を遵守しない人間は好ましくない訳で、

露悪的な、見た目で金髪とか茶髪とかなど分かりやすいのならば避けるが、

会話をしてみないと言葉や態度から法律を軽視する態度が分からない人は、本当に話してみないと分からないから厄介である。

規則を守る、従うことが生き甲斐のようになっている人に規則に背く話に付き合うなんて、精神的によろしくないが、

規則を守らないとあれこれ言う人に限って妙に馴れ馴れしいので、

別にこちらから近寄りたくなくても勝手に近寄ってくるから困り物である。

誰も彼も自分の世界に入ってしまい、会釈をしても返ってこないような状況の方が、自分には救いのある状況である。

仕事場でもプライベートでも、同じように避けられるようになれば特に不満はない。

何かを履き違えて勝手に寄ってくる人間を適度にかわしたいのだが、

どうかわせば後腐れなくかわせるのか、となるとコミュニケーション能力が低い自分にはとても辛い。

適当に相槌を打ちながら、早く話が終わらないか、早く自分への興味を失わないか、

などと思いながら合わない人と話をしている。今ならマスクをしているから表情の半分は隠せるが、

大体何事もすぐ顔に出るくらい不器用なので、嘘はつけないし、ついてもすぐ顔に出るから無意味である。

よって私にとっては慣れない人に絡まれる事自体がトラブルの始まりなのである。

形式上だけ合わせようとしても顔でバレるから徹底的に距離を取って会話する間合いにならないよう心がけるしかない。

怨憎会苦というのは、私にとっては、自分には苦であることは確かであるが、

振る舞いによって自分だけで済まなくなる(周囲を巻き込む)ような場合がほとんどなので、

極力人とは出会いたくない。特に対等の立場である場合には。何をするにしても自由、というのは果てしない世界を歩かせる徒労のようなものである。

上下関係があった方が挨拶とか会話のルールがあってまだ平和である、と私は思う。