これまで、色々な冠婚葬祭や宴会の類に出てきたが、何をどうすればいいか、を心で感じ取れたものなんてそんなにない。
人の視線や言葉がとっ散らかっている場面というのは、誰がどうでこれからどうなるかを考えられない者にはきつい。
正直退屈だと言われる校長先生のお話の方が有意義だろう、などと思う。
皆壇上を向いて無言で聞いていたり、聞いているフリをすればいいだけだからである。
宴会とか常に視界をアクティブにしながら、視線とか顔の表情を聞いていなければならないので、
感情を読み取る能力のない、ついでに空気の読めない人間には懲罰ばりの苦痛である。
あれこれ分析して発言しても空気が読めないと言われるのなら、海の底で貝になりたい。
何故宴会とか約二時間も人と向き合っていなければならないのですか。
人間疲れしやすい人間が人の間に入ってはならない、至極当たり前のことではないだろうか。
なので新型コロナで宴会が無くなったりするのは個人的には良い傾向である。
そういうのは身内とか、本当にやりたい人がこっそり集まってやれば良いと思うのです。
行かない人は行かなくて良い、という風潮になれば、別に障害がどうとかに限らず、
アルハラとかパワハラなどのハラスメントを回避するきっかけにもなるだろうと思う。
こんな人間なのでキャバクラとかには行ったことがないが、例え行ったとしても楽しさとは何か、
という哲学的な訳のわからないことを考え出すだろう。
一回だけ合コンに巻き込まれた時も大体そんな感じだったので、
多分酒席自体が自分の肌に合わないのだと思う。
お気に入りの酒を傾けて物思いに耽るのは、別に一人だろうと出来ることである。
うるさい場所で人に巻き込まれながら、人生とは何なのか、とか考えたくもない。
本当に許されるならば宴会場の一番暗い隅でスマホをいじっていたい。
許されないから大惨事になるのですが。
会場の空気未満の存在になれるならなってしまいたい。ついでに勝手に退場できればどれだけいいだろう。