愛が見えない | 隠者の庵

隠者の庵

自閉症スペクトラム(広汎性発達障碍)当事者が気ままに壁打ちで文章を書き連ねます。
あと趣味についても適当に書き連ねます。何故か見た夢も記述します。

実際恋愛とかしたこともないし、何も解っちゃいないので、
ラブソングなんて聴いても大体何の足しにもならない。
等身大の気持ちを率直に歌い上げた、なんて美麗字句も、
やったことのないものをどうやったら想起出来ますか!で終わると思う。
まあ本当は片思いぐらいならしたことはありますけど。大体十数年前に。
ただそれで終わりである。人間の感情なんて扱いきれません!残念!
それ以来恋愛という物は体験していない。
恋愛がないならまだしも、反抗期らしい物すら見当たらなかったのである。
なんかこう、ませた年頃というか、ひねた年頃というか。
元からひねくれているのでいつひねくれればよかったのだろう。
勉強とか部活に打ち込んでたら恋愛なんてする暇ないんじゃないの?
というような生活を送っていたものである。
学生時代の仲なんてそう続かないでしょうに、同じ学校にいつまでもいるわけでもないし、
同じ会社や、同じ地域に住むとも限らないでしょうに、
とまあいつも通りひねくれていたのである。
今じゃ福祉関係で関わっているスタッフ以外の女性と話す事もありません。
男性も大体同じですけど!

ぶっちゃけこういう時に趣味が歴史オタクとか軍事オタクとか宗教オタクとかゲームオタクとか、
音楽(鑑賞も演奏も含む)とか、あと哲学に並々ならぬ興味を注いでいるとか、
本気でマイナスになるものしかやっていないという自覚はある。
興味のある音楽に至ってはメタルとかですし。何処にも妥協点はない。
むしろポップスに向けて毒を吐きながら過ごしている、と所構わず放言している。
譲れない物が多すぎる。

そしてそういうデータと向き合っている方が、何となく生きている気がするのである。
所構わずコロコロ数値の変わる感情にはついていけない。
構った構わないで資料は文句を言わないが、人間はきっと言うだろう。
人間の感情に交わっていると本気で疲れる。一応人間ですけど。
従って愛という物の存在は知っていても、現実は何なのか、真実は何処なのか、
悩むほど遠ざかる蒼い星…はい、すみません。
やっぱり今でも愛は見えません。本当に無いんじゃないんですか、
と言いたくなる今日この頃、皆様方におかれましては日々ご健勝のこととお慶び申し上げます。