政治を語ること | 隠者の庵

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自閉症スペクトラム(広汎性発達障碍)当事者が気ままに壁打ちで文章を書き連ねます。
あと趣味についても適当に書き連ねます。何故か見た夢も記述します。

「政治と宗教の話をしてはならない」とは良く言われるが、
その態度が政治に関する無関心を育んできたのではないかと思うと、
正直暗澹たる気持ちがする。
賛成するにしても反対するにしても、何がよくて何がいけないとか、
具体的な話を避けてきたからこそ、議論が議論にならない、
というような気がしてならないのである。
 
色々統計的な数値はあまりに煩雑すぎるから抜いていくのは仕方ないとは思うが、
それにしても簡単に賛成反対叫びすぎるような気がしてならない。
60%ほど賛成だが、ここの場所をよくすれば無条件で賛成とか、
すりあわせとかを行って考える部分が少ないと思うのである。
 
マスコミは煩雑な説明をさけて、センセーショナルな報道をする。
感情的な話になって、各論へと目が向いていかない。
議論とは一体何なのだろうか。
話をかみ砕いて示すのがテレビや新聞の仕事なのに、
その辺を放棄してセンセーショナルな表現に走ったり、
芸能界とかの訳の解らない話をする。
そんなに政治の関心がむいたらヤバイ世の中なんですか、と思ってしまうのである。
忌避しすぎて、タブーになっているのではないかと、
そしてタブーであるからこそ、深まるべき理解が深まらないのだと、
政治に対して感情的な動きしかできない人を見て思うのである。
感情が論理に優越したら、話にならない。
聞く耳すら持たない人に、一体何を語りかけたらいいのであろうか。