色んな音が実にやかましく聞こえるので耳栓やらイヤーマフやらノイキャンイヤホンとか常備して毎日恐る恐る生活しているが、
いつまでたっても慣れないものは慣れない。むしろ大きな音を聞き続けることによって、トラウマのネタが増えていくのではないかと。
音楽をやっているとき、楽器を演奏しているときなどは聴覚過敏がいい方にも使えるが、
それ以外の、音楽が全く関係ない場での聴覚過敏というのはただの騒音拡大装置である。
とにかく音がつらい。自閉スペクトラム症にはとことん感覚過敏の問題がついてまわるものである。
ひどい音がやってくると耳を塞ぎたくなるが一般人に擬態していると何でもかんでも耳を塞いでいられない。
日常は音のない生活、と言い出すと防音とか耳につけるものとか家出して帰らない方がよいのではないか、とか、本当にきりがない。
楽器のチューニングを間違えると自分で出す音すらきついのに、他の人や物が出す音について全く反応がないなどということはあり得ない。
ずっと音楽もやっているが、いい方に聴覚過敏が収まる気配なんてない。
感覚過敏の治療でより大きな刺激を与えて(暴露した状態で)慣れるとかいう療法があるが、多分色々な意味でメンタルが窮地に追い込まれる。
心が嫌だから避けているものを敢えて近づけると心が死ぬ。
香水などの嗅覚過敏もそうだが、小さい頃から長い間タバコを吸う人が周囲にいて、慣れたという気分になった覚えはない。
子供の頃からずっと嫌煙家だが、慣れるとかそういう次元の話ではなかった。いつでも根本的に受け付けない。
タバコを吸う人の家の洗濯物がタバコ臭いのでもう一回丁寧に洗濯する人の気持ちはわかってほしい。
何年経っても慣れないものは多分一生無理だと思うのである。
香りだけではなく、音も同じ事が言えるのである。一定の刺激が苦手ならば、それはきっと一生一定のダメージを心に与え続ける、と。
歯医者のドリルだって、小さい頃は本当に苦手で、音の無いのを使わせていた記憶がある。
ダメな音は本当にダメージでありダメなものである。習慣で慣れろとかそれは普通の人に言っていただきたい。
誠に遺憾である。