伊佐大輔のブログ -3ページ目

伊佐大輔のブログ

自分の気持ちを書いていきます!


「当たり前」って、誰の当たり前?

みなさん、こんにちは。ニコニコ


今日は「当たり前」について書いてみたいと思います。


みなさんにとって“普通”って何ですか?


たとえば――

・恋人と手をつないで街を歩くこと

・恋人と結婚式をあげて、周りから祝福されること

・会社の制度や福利厚生を、当たり前に利用できること


多くのノンケ(異性愛者)カップルにとって、これらは特別なことではなく、日常の延長にある「普通」の出来事かもしれません。


でも、LGBTQカップルにとってはどうでしょうか。


手をつなぐだけで周囲の視線が気になったり、

結婚という選択肢が法的に認められていなかったり、

パートナーとして会社の制度を使えなかったり――


同じ「恋人同士」なのに、その“当たり前”には少し高いハードルがあります。


僕は思います。

そのハードルは、本来いらないものじゃないかと。


誰かを好きになること。

大切な人と人生を歩みたいと思うこと。

それを自然に表現できること。


それが、セクシュアリティに関係なく「普通」になってほしい。


特別扱いをしてほしいわけじゃない。

ただ、同じスタートラインに立てる社会であってほしい。


“当たり前”は、生まれつき決まっているものではなく、

社会がつくっていくものだと思います。


だからこそ、少しずつでもいい。

誰かにとっての「当たり前」を広げていけたら。


そんな社会を、僕は願っています。


みなさん、こんにちは。ウインク

少し久しぶりの更新になりますが、今日はずっと心の中にあることを書いてみようと思います。


さて、みなさんにひとつ問いかけです。

「選択できるけれど選ばない」のと、
「そもそも選択することすらできない」のは、同じでしょうか?

私は、まったく違うものだと思っています。


日本ではまだ同性婚は認められていない

現在の日本では、同性同士の結婚(法律婚)は認められていません。

一方で、渋谷区 や 世田谷区 をはじめ、多くの自治体で「パートナーシップ制度」が導入されています。

でも、これは同性婚とはまったく別の制度です。


パートナーシップ制度と結婚の違い

パートナーシップ制度には、できないことがたくさんあります。

  • 相続権が発生しない

  • 扶養義務がない

  • 制度を導入していない自治体へ引っ越すと、改めて手続きが必要になる

つまり、法的な意味では「結婚」とはほど遠いものです。

証明書はあっても、法律上の配偶者にはなれない。
そこにあるのは、安心というよりも、どこか不安定な立場です。


「選べる」ということの意味

異性カップルは、結婚する・しないを自分たちで選べる

でも、私たちはそもそもその選択肢が与えられていない。

この違いは、とても大きい。

結婚しないという選択をするのと、
結婚できないという状況に置かれるのは、同じではありません。


同じ苗字を名乗るということ

もし結婚できたら――

相続や扶養の問題だけでなく、
同じ苗字を名乗ることもできます。

私は、どちらの苗字にするかは相手に任せたいと思っています。
でも、本音を言えば、同じ苗字を名乗りたい。

それは「形」にこだわっているのではなく、
社会からも家族として認められる証のように感じるからです。


いつか、結婚するかどうかを
当たり前のように「選べる」社会になってほしい。

その日が、できるだけ早く来ることを願っています。

来月の今日、僕は30歳になる。

節目が近づくと、自然とこれまでの自分を振り返ってしまう。

20代を思い返すと、「色々あった」という一言では足りないくらいだ。

例えば、

深く考えずにティッシュを箱買いして、

そのツケが今の生活をじわじわ苦しめていたりする。

笑い話のようで、実はわりとリアルな現実だ。



20代で掲げていた目標

20代の頃、こんな目標を立てていた。


・一人暮らし

・恋人を作ること

・自立すること


でも正直に言うと、

ひとつも達成できていない。


情けないな、と思う気持ちもある。

「何をしてきたんだろう」と思う夜もあった。



それでも、30代で叶えたい



ただ、不思議なことに「もういいや」とは思えなかった。


諦めきれない。

まだやりたい。

まだ、自分の人生をちゃんと生きたい。


だからこそ、思う。


これらの目標は、

30代で達成したい。



30代は、やり直しじゃない



20代はうまくいかなかった。

でも、それは失敗というより「準備期間」だったのかもしれない。


30代は、

一気に何かを変える年代じゃない。

ひとつずつ、確実に“形にしていく”年代だと思っている。


自立して、

自分の生活を自分で選び、

その先に一人暮らしや恋人があればいい。

30歳の自分へ

完璧じゃなくていい。

遅くてもいい。

でも、立ち止まらずに進んでほしい。

30歳は終わりじゃない。

覚悟を持って始めるスタートラインだ。

この10年を、

ちゃんと生きた」と言える30代にしたい。


みなさん、こんばんは。

 

今日はLGBTQ🏳️‍🌈について書きたいと思います。

 

LGBTQは病気ではありません。障害でもありません。

それでも、周囲に知られることで「いじめられるかもしれない」「仲間外れにされるかもしれない」と不安に思う当事者は少なくありません。

 

今の社会は、少しずつ理解が広がってきているように感じます。

テレビやネットでもLGBTQという言葉を目にする機会が増えました。

 

ですが、まだまだ足りないと感じるのが現実です。

 

その象徴の一つが、同性婚が認められていないことです。

 

もちろん、LGBTQ当事者だからといって、必ず結婚したいわけではありません。

しかし、「結婚しない」という選択ができることと、「最初からその選択肢がない」ことは、まったく違います。

 

選べるけれど選ばないのと、選ぶこと自体が許されていないのとでは、意味が大きく異なります。

 

これは「特別な権利」を求めているのではありません。

ただ、誰もが同じように人生の選択肢を持てる社会を望んでいるだけです。

 

LGBTQの人たちが、隠さずに自分らしく生きられること。

それはきっと、すべての人にとって生きやすい社会につながるはずです。

 

少しずつでも、理解が広がっていくことを願っています。

 

こんばんは♪

今日は、最近の私の「膨らみすぎている妄想」についてお話ししたいと思います。

最近、年齢のせいもあるのかもしれませんが、気づくと「結婚」についてあれこれ妄想してしまうことが増えました。

私はゲイなので、今の日本の世間的なルールでは、まだまだ認められない部分も多いのが現実です。

それでも。

好きな人と一緒に歩いて、大切な人たちに囲まれて……。

「結婚式を挙げたい!」という気持ちが、日に日に大きく膨らんでいます。

どんな式にしようか、誰を呼ぼうか、タキシードはどんなデザインにしようか。

妄想の中では、もう完璧に仕上がっているんです。

……まぁ、肝心の「相手」はまだどこにも居ないんですけどね(笑)

妄想だけが先走る毎日ですが、いつかこの妄想を現実にしてくれる誰かと出会えることを、密かに願っています。

 

皆さん、こんばんは。
今日は、私が「自分はゲイなんだ」と気づいた瞬間のことについて、お話ししようと思います。
私は高校時代、全寮制の学校に通っていました。
毎日、夜まで友達とたわいもない話をして過ごすのが当たり前の日常。
そんなある夜のことでした。
友達のAが「王様ゲームしようぜ!」と言い出したんです。
最初はよくあるノリで楽しんでいました。
でも、何度目かの回でAが王様になった時。
運命のいたずらか、王様は私と、もう一人の友人・Bに対して「キスしろ」と命令したんです。
私は「まあ、ノリだしな」と割り切って、Bのほっぺたに軽くキスをしようとしました。
でも、その瞬間でした。
Bがふっとこちらを振り向き、私たちの唇が重なったんです。
ほんの一瞬の出来事。
でも、その瞬間の感覚が、頭から離れなくなりました。
それ以来、ただの友達だったはずのBのことが、どうしても気になって仕方なくなってしまった。
それが、私の「本当の自分」に気づく、始まりの夜でした。

皆さん、こんばんは。

今日は、私が20歳の時にしてしまった「一生モノの後悔」について書いていきたいと思います。

20歳の誕生日。

大人になったことが嬉しすぎて、私はある失敗をしました。クレジットカードやカードローンを勢いで契約し、とにかく買い物をしまくったんです。

最新のパソコン、そしてなぜか「一生分あるんじゃないか」というほどの大量のティッシュ。当時はケース買いするのが大人っぽくて格好良く見えたのかもしれません。

最初の2、3ヶ月は、返済も少額だったので「余裕だな」と思っていました。

でも、現実はそんなに甘くありません。半年が過ぎた頃から支払いが厳しくなり、そのツケが今、重くのしかかっています。

あの時の一時的な感情で後先考えずに使ったお金が、今の自分の生活を苦しめています。

もしタイムスリップできるなら、20歳の自分に会いに行って、肩を掴んでこう言ってやりたい。

「その使い方、後で地獄を見るから、一回落ち着け」と。