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伊佐大輔のブログ

自分の気持ちを書いていきます!

みなさんこんにちは

久しぶりだけど、更新していきます爆笑


みなさんは、周りにLGBTQ当事者は居ますか?


「いない」と思っているなら、それは勘違いです。

正確に言うと、“見えていないだけ”。


友達にだけカミングアウトしている人

親にだけ伝えている人

誰にも言えずに過ごしている人


人それぞれです。

でも共通しているのは、「言えない理由がある」ということ。


「カミングアウトすればいいじゃん」

その一言、正直かなり無責任です。


言った後のこと、考えたことありますか?


勝手に他人に言いふらされるかもしれない

今までの関係が壊れるかもしれない

距離を置かれるかもしれない

最悪、居場所を失うかもしれない


それを全部わかった上で、それでも言うかどうかを悩んでいる。


カミングアウトは、軽い告白じゃない。

人生を左右する選択です。


それでも「言えばいいじゃん」と言えるのは、

そのリスクを背負ったことがない人だけ。


だからこそ考えてほしい。


「なんで言ってくれなかったの?」じゃなくて、

「言っても大丈夫な相手だったか?」


“いない”んじゃない。

“言えない環境を作っている側かもしれない”


その視点を、少しでも持ってほしい。


みなさんこんにちは。

 

今日は、男女カップルにとって“当たり前”にある権利について考えてみたいと思います。

 

普段あまり意識しないかもしれませんが、結婚をすると様々な権利が得られます。

 

例えば——

 

【結婚してからの権利】

 

■ 財産・相続に関する権利

・相続権(配偶者相続権)

・相続税の配偶者控除

・財産分与請求権

・配偶者居住権

 

■ 税金・社会保険に関する権利

・配偶者控除・配偶者特別控除

・遺族年金

 

■ 社会的・制度的な権利

・婚姻費用の分担請求権

・同居・協力・扶助の義務

・公営住宅への同居

・企業からの家族手当や福利厚生

 

■ 財産に関する権利

・共有財産の取得

 

こうして見ると、結婚によって守られるものや、支えられる仕組みがとても多いことが分かります。

 

 

 

では、同性カップルはどうでしょうか?

 

日本では、まだ結婚(婚姻)が認められていないため、これらの多くの権利を持つことができません。

 

その代わりに広がってきているのが、パートナーシップ制度です。

 

この制度によって——

 

・公営住宅に一緒に住める

・企業の家族向けサービスが受けられる

・一部の自治体や企業で扶養手当が認められる

など、少しずつできることは増えてきました。

 

 

 

でも正直に言うと、

 

「結婚と同じか?」と聞かれたら、まだまだ違うのが現実です。

 

例えば、相続の問題。

どれだけ長く一緒にいても、法的には“家族”と認められないケースもあります。

 

 

 

ここで一度、考えてみてほしいです。

 

今、自分が“当たり前”に持っている権利は、本当に全員に平等に与えられているものなのか?

 

誰かにとっては当たり前じゃない現実が、まだこの社会にはあります。

 

 

 

もちろん、少しずつ変わってきているのも事実です。

 

だからこそ、

 

「知らない」から「知る」へ。

「他人事」から「自分事」へ。

 

そんな小さな一歩が、これからの社会を変えていくんじゃないかなと思います。

 

 

 

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

 

 

皆さんこんばんは。

今日は、30代になって初めてのブログを書いていきたいと思います。


30代になって、ふと「世間体」を気にすることが増えてきました。


周りを見れば、結婚して家庭を持っている人もいるし、仕事では役職がついたり、責任のある立場になっている人も増えてきます。

そういう姿を見ると、「自分はこれでいいのかな」と考えてしまうことがあります。


そんな時、ある友達に言われた言葉があります。


「世間体を気にする?別に自分たち次第でよくない?」


その言葉を聞いたとき、確かにそうだなと思いました。

よく考えてみれば、30代までに結婚しなければいけないという法律があるわけでもありません。


でも、世間では「30代」というだけで、どこか大人としての役割や責任を求められることが多い気がします。

会社では役職がついたり、任される仕事も増えていく。

周りの友達は結婚して、子どもができて、家庭を築いていく。


そういう姿を見ると、どうしても自分と比べてしまうことがあります。


そして自分の場合は、もう一つ考えることがあります。

それは「ゲイとして生きている」ということです。


日本ではまだ同性婚が認められていません。

だから、周りのように「結婚して家庭を持つ」という人生の形が、当たり前のようには選べない現実もあります。


もちろん、パートナーと一緒に生きていくことはできます。

でも、制度として守られているわけではない。


だからこそ、「普通って何だろう」と考えることがあります。


周りから見た普通の人生。

社会が作った普通の形。

そして、自分にとっての普通。


30代になって思うのは、

世間体を気にして生きるよりも、自分が納得できる人生を生きたいということです。


まだまだ迷うこともあります。

周りと比べて落ち込むこともあります。


でも、それでもいいと思っています。


自分の人生は、自分のものだから。


30代はきっと、周りの目と向き合いながらも、

「自分らしく生きること」を少しずつ見つけていく年代なのかもしれません。


これからの10年。

どんな人生になるのかは分からないけれど、

自分なりの幸せを見つけながら歩いていけたらいいなと思っています。



みなさんこんにちは♪

 

今日は、夢の中で見た話をしたいと思います。

 

このブログでも何度か書いてきた「お金」のこと。

自分は20歳の頃、馬鹿みたいに無駄遣いをしてしまって、今もその返済に苦しんでいます。

 

そして正直に言うと、今もまだ――

収入に見合っていない買い物をしてしまうことがあります。

そのたびに、自分で自分の生活を苦しめているなって感じます。

 

もし20歳の頃から、きちんと考えてお金を使えていたら。

 

もう少し貯金もできて、

今より少し余裕のある生活ができていたのかもしれない。

 

そんな「もう一つの人生」を、夢の中で見ました。

 

計画的にお金を使って、

年に1回くらいは旅行に行く。

 

✈️ 一人旅でもいい

👫 友達とでもいい

 

「次はどこに行こう?」って考える時間があって、

日々の生活の中に楽しみがある。

 

そんな人生でした。

 

目が覚めたとき、正直ちょっとだけ落ち込みました。

でも同時に思ったんです。

 

あの人生は“過去に戻らないと手に入らないもの”じゃない。

 

今からでも、少しずつなら近づけるかもしれないって。

 

大きく変えることはできなくても、

今日の使い方を変えることはできる。

 

コンビニに寄る回数を減らすとか

本当に必要なものか考えてから買うとか

小さなことでもいい。

 

夢の中の自分に追いつくために、

今の自分にできることをやっていこうと思います。

 

あの夢は、後悔じゃなくて――

これからの目標を見せてくれたものだから。

 

 

みなさんこんにちは。


今日は少し正直な気持ちを書こうと思います。


「お金持ちになりたかった」


ふと、そう思うことがあります。


贅沢がしたいとか、ブランド物に囲まれたいとか、

そういうことじゃなくて。


今みたいにお金がない生活じゃなく、

もう少し余裕のある暮らしがしたかった。


毎月の支払いに追われて不安になることもなく、

好きなものを買うときに値段を何度も見返すこともなく、

将来のことを考えて落ち込むこともない。


そんな生活をしてみたかったなって思います。


「あの時、もっとちゃんとしていれば」

「あの時、違う選択をしていれば」


そう考えてしまうこともあります。


でも、過去は変えられません。


だからこそ思うんです。


お金持ちにはなれなかったかもしれないけど、

“これから少しでも余裕のある生活”を目指すことはできる。


大金持ちじゃなくていい。


コンビニで値段を気にせず買い物できること

たまに好きなものを食べに行けること

将来に対して少し安心できること


自分にとっての「余裕」って、

きっとこういう小さな積み重ねなんだと思います。


昔思い描いていた人生とは違うかもしれない。


でも、今の自分だからこそ分かることもある。


同じように

「余裕のある生活がしたかった」

って思っている人もいるんじゃないかな。


もしそうなら、一緒に少しずつ進んでいきましょう。


過去を後悔するためじゃなく、

これからの自分のために。


みなさんこんにちは。


今日は、ゲイとして生活していく中で感じる「困りごと」について書いていこうと思います。


LGBTQという言葉の認知は少しずつ広がってきて、

テレビやSNSでも見かけるようになりました。


でも、実際の生活の中では

「見えない壁」みたいなものを感じることが、まだまだあります。


例えば、何気ない日常会話。


「彼女いるの?」

「結婚はまだ?」


悪気がないのは分かってる。

でも、そのたびに


本当のことを言うか

話を合わせるか

笑ってごまかすか


選ばないといけない。


それだけで、少し疲れてしまう。


それから、恋人との関係。


異性カップルならできることが、

当たり前にできない。


手を繋いで歩く

将来の話を堂々とする

パートナーとして紹介する


たったそれだけのことが、

周りの目を気にしてしまう。


もし職場に知られたら?

地元で噂になったら?

家族に伝わったら?


そう考えると、

大切な人の存在を隠してしまうこともある。


本当は、自慢したいのにね。


そして将来の不安。


病院での付き添い

住宅の契約

もしもの時の家族としての扱い


「他人」として扱われてしまう現実がある。


好きでこう生まれてきたわけじゃない。

でも、不幸だとも思ってない。


ただ、


誰かを好きになることも

一緒に生きていくことも


特別なことじゃなくて

“普通”の選択肢として存在してほしい。


それだけ。


こうして書いていると、

困りごとはたくさんあるけど、


同じように悩んでいる人がいて

共感できる場所があって

少しずつ理解が広がっている今の時代は


昔より確実に前に進んでいるとも感じます。


だからこそ、


一人で抱え込まなくていい

「居場所」が必要なんだと思う。


みなさんこんにちは。

今日は「カミングアウト」について書いてみようと思います。

カミングアウトって、

一回して終わり、じゃない。

新しい環境に行けば、また最初から。

新しい人間関係ができれば、また悩む。

言うか、言わないか。

その選択の繰り返し。


よく「言った方が楽になるでしょ?」って言われるけど、

正直それは、相手によると思う。

受け入れてくれる人に伝えた時は、

本当に心が軽くなる。

「話してくれてありがとう」

その一言で救われたこともある。

でも逆に、

距離を置かれたり

気まずくなったり

今までと同じように接してもらえなくなったり

そういう話も、実際に聞いてきたし、

想像できてしまう。

だから怖い。

特に、家族、地元の友達、職場。

自分の生活に関わる人たちには、

簡単には言えない。


もし否定されたら?

もし噂が広まったら?

今の居場所がなくなったら?


そう考えると、

“本当の自分を隠して生きる方”を選んでしまうこともある。

でも、

カミングアウトって

「しなきゃいけないもの」じゃないと思う。

自分のタイミングでいい。

自分が安心できる場所だけでいい。

言うことが正解でもないし、

言わないことが逃げでもない。

ただ、


自分のことを

自分だけはちゃんと認めてあげたい。


そう思う。


いつか、


誰に言うか悩まなくてもいい社会になったらいい。


「実はね」って勇気を出さなくても、

普通の会話の中で話せる日が来たらいい。


カミングアウトが特別なことじゃなくなる未来を、

少しだけ期待しています。


みなさんこんにちは。


今日は、ふと頭に浮かぶ疑問を書いてみます。


「日本で、LGBTQカップルが普通に手を繋いで街を歩ける日はいつ来るんだろう?」


でもよく言われるんです。

「周りなんて気にせず手を繋げばいいじゃん」って。


でもね、こっちは知ってる。


「あの2人手繋いでた。キモい」

「周りに気遣えよ」


そんなふうに陰で言われる現実を。


それが知らない人なら、まだいい。

一瞬で終わる関係だから。


でも——


学校の友達だったら?

親戚だったら?

親だったら?

職場の人だったら?


無視されるかもしれない。

距離を置かれるかもしれない。

いじめに発展するかもしれない。


そう思うと、手を繋ぐっていう、

本当はすごく小さくて当たり前のことが、

とても大きな勇気が必要な行動になる。


異性カップルにとっては「普通」のことが、

俺たちにとっては「覚悟」になる。


だから簡単に

「気にしなければいい」

なんて言えない。


それでも、少しずつだけど変わってきているのも事実だと思う。


いつか、誰も振り返らないで、

誰も陰口を言わないで、

ただの“日常”として手を繋げる日が来てほしい。


その日が来たら、

今感じているこの不安も、

笑って話せる思い出になるのかな。


みなさんこんにちは。


今日は、今まであまり話してこなかった「タイプ」について書いてみようと思います。


恋愛の話になると、外見とか雰囲気の好みを思い浮かべる人が多いと思うけど、俺の場合はちょっと違っていて。

自分の性格が大きく関係しています。


本来の俺は、結構甘えん坊で寂しがり屋。

だからこそ、包容力があるというよりは、少しやんちゃで、引っ張ってくれるような人に惹かれます。


そしてもう一つ、これは意外って言われることもあるけど、年上に甘えるよりも、同級生や年下に甘えたいタイプなんです。


「甘える=年上」っていうイメージがあるかもしれないけど、

自分の中では対等な関係の中で安心して甘えられる方が心地いい。


強がって見えることもあるけど、本当は誰かにくっついていたいし、

「大丈夫だよ」って言ってくれる存在が欲しい。


タイプの話って、ただの好みじゃなくて、

自分がどんなふうに愛されたいか、どんな関係を築きたいかっていう、すごく自分らしさが出る部分だなって思います。


こうやって言葉にしてみると、

「ああ、自分ってこういう恋愛がしたいんだな」って改めて気づけました。


みなさんこんにちは♪


今日は、ふと頭に浮かんだ「今思うこと」について書いてみようと思います。


一つ目は、20歳の頃の自分の行動についてです。


あの頃の自分は、本当に無計画で、

今思えば「なんであんなことしたんだろう?」って思うようなお金の使い方をしていました。


もう少し考えて行動できていたら、

もう少し自分をコントロールできていたら、

今とは違う生活を送っていたのかもしれない。


そう思うことがあります。


正直に言うと、当時の自分に対して後悔する気持ちはあります。

でも同時に、あの頃の自分はあの頃の自分なりに必死だったんだとも思うんです。


将来のことよりも「今」を埋めることで精一杯だったし、

不安や寂しさを、お金や行動で紛らわせていた部分もあったのかもしれません。


そして二つ目。


ゲイに生まれたこと。


これは努力でどうにかなるものじゃないし、

やり直しもできないこと。


もちろん、今は「自分らしさ」として受け入れて生きています。

でも、ふとした瞬間に


もし普通に女性を好きになっていたら

結婚も自然にできて

子どもがいて

周りから何も言われずに生きられたのかな


って考えてしまうこともあります。


ないものねだりだと分かっていても、

そう思ってしまう瞬間があるのも本音です。


でも最近思うんです。


過去の自分の選択も、

ゲイとして生まれたことも、

全部ひっくるめて「今の自分」を作っているんだなって。


遠回りしたからこそ分かることがあるし、

悩んできたからこそ、人の痛みに気づけるようになった。


もし何もかもが順調だったら、

今のこの考え方にはなっていなかったと思います。


過去は変えられない。

生まれ持ったものも変えられない。


でも、これからの生き方は自分で選べる。


だからこそ、これからの時間を大切にして、

「この人生でよかった」って思えるように生きていきたい。


昔の自分を責めるんじゃなくて、

「あの時があったから今がある」って言えるように。


そんなことを思った今日でした。