リダと母の闘病日記~脳腫瘍と向き合う~看取ったその後~今度は夫が悪性リンパ腫に(R3年2月) -20ページ目

リダと母の闘病日記~脳腫瘍と向き合う~看取ったその後~今度は夫が悪性リンパ腫に(R3年2月)

H27年2月に母がグレード4の膠芽腫と診断されました。母の事や日々の出来事を綴っています。H29年8月14日に永眠、H30年3月7日に父が突然死。そしてR3年2月に夫が悪性リンパ腫に。。。

今日、無事にテモダール19クール目を飲み終わりました。

 

なぜだかマグミットを飲むのを嫌がりまして・・・

5日間、排便なしです(;'∀')

それでも不機嫌にならないので・・・しばらく様子を見ようかと思います。

 

今回はこんな事がありました・・・

昨日のお昼の事。。。昼食を食べ終わった後に薬を飲むと母が言ったので

「お母さん、お昼は薬はないよ。便秘の薬を飲むの?」と私がマグミットを持っていくと・・・

「これじゃない!いつもの薬よ!これは飲まない!」と急に怒り出し・・・(-_-;)

「だからお昼は薬はないよ」と再度答えると。。。

 

「○○ちゃんが薬を飲ませてくれない~~~」

と拗ねて布団の中に隠れてしまいました。

しばらくすると拗ねた事も忘れています・・・・(;'∀')

つい最近までは昼は薬がない事をちゃんと理解してたのになぁ・・・・

 

テモダールを飲む時間も毎回説明しても、「まだね~~~まだね~~~」と呪文の様に言ってました。飲むのを拒否されない分いいのかもですが・・・

どうも、時間の感覚がおかしくなってきている様に思えてなりません。。。

 

今朝も実家に行くと、「今、起きたのよ」と母・・・・・

実際は起きてすでに2時間経って朝食も済ませている・・・

 

 

 

 

 

挙句に・・・「今、カッパが庭を歩いていた」と・・・・(;'∀')

 

 

 

????・・・・・?????・・・・・

 

 

これまで何度も、母の幻覚・せん妄を見てきましたが・・・

もう、悲しさを通り越して・・・・笑ってしまいました(^-^;

 

 

母が笑顔でいてくれたら、それでいい(*^-^*)

 


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昨日、4週間に一度の大学病院に行ってきました。

 

今回もなかなか採血ができず・・・・・

結局4回やり直してやっとできました。。。採尿に加え、採血まで大変になってきました。。。

取りあえず無事にできてよかったです。

 

脳外科で受付を済ませていつもの様に待っていても・・・誰一人として診察室に呼ばれません。

看護師さんに聞いてみたら朝方、救急の患者さんが運ばれて手術中だそう。。。

2時間程、待った所で手術の時の執刀医H先生が手術着に白衣を着た状態で急いで来られました。

 

いつも診察して下さるY先生は救急の担当もされているので今日はお会いできず、代わりにH先生が診察して下さいました。

 

久しぶりにH先生にお会いした母は最初「あなたは誰???」状態でしたが、だんだん思い出してきたのか・・・「H先生~~~お元気でしたか?」とどもりながらも一生懸命話し、満面の笑み。

入院中、回診に来て下さるH先生の名前を大きな声で呼んでいたらしく・・・・H先生も母の印象が強く残っていたようです。笑顔の母を見てH先生も安心されていました。

久々に私たちもH先生に診察して頂いて嬉しかったのですが、正直いつものY先生にお会いできず、残念でした。

 

採血の結果は良好でしたが・・・蛋白尿が出だしてきました(-_-)

アバスチンの副作用でしょう・・・・

まだ1+だったので今回はできましたが来月はどうかな。。。

テモダール服用中の体のだるさも半端なく。。。。

相変わらず便も出ないです・・・

今回、でない事に拘りがなくなり神経質になっていないのである意味私たちは気持ち的には楽ですが・・・それだけ母の認知力が落ちたのかよっぽど体がきついのか・・・・

吐き気がないのが唯一の救いです。

 

ちょうど1年前のMRIで再発がわかり・・・・・

1年経った今・・・抗がん剤VS副作用との闘いになってきています~~~。

 

でもまたきっと2週間くらい経てば、元気になって笑顔の母が見れると信じてます!

 


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1年9カ月前、母の脳に腫瘍があると聞いた時の衝撃を今も鮮明に覚えています。

ハンマーで頭を殴られたかのような衝撃・・・。

前日私は大好きなリダ君のライブで弾けて気持ちも高揚し余韻に浸っていました。

聞かされた瞬間、その余韻が一気に冷め・・・・脳に腫瘍って何???なんで母が???

どうして・・・なんで・・・・の繰り返しでした。只々、涙があふれました。。。

 

それまで脳腫瘍について何の知識もなかった私はPCで調べまくり・・・。

不安と闘いながらとにかく母に手術をして欲しいと皆で説得していました。きっと良性で大丈夫!と自分に信じ込ませて・・・。

 

でも、調べていくうちにグレード4の膠芽腫との診断。。。そして余命1年の宣告。。。

落ち込みと絶望感。この頃は寝ても覚めても泣いてばかりいました。

 

術後は母の性格が180度変わってしまった事への戸惑い、悲しみが襲ってきました。

それと同時に自分の仕事、これからの生活についてどうしたらいいのかという不安。

それでも前を向いて希望を持って母を支えていこうと自分を奮い立たせていました。

でも、母の自殺願望、以前の母とは思えない言動、行動に悲しみ、現実を受け入れられない日々が続き私の精神状態もおかしくなり笑う事すら忘れていたと思います。

 

そして母も私たちも少し生活スタイルに慣れてきたかな・・・と思った矢先の重積痙攣発作。

1時間以上痙攣が止まらなかった母を目の当たりにした時はほんとに怖かった。。。

痙攣を起こした後の生活はさらにいつ起こるかわからない不安とさらに激しくなる母の不穏にどう対応していいのかわからず、悲しみの感情が苛立ちに変わる事もあり、病気のせいだと頭では理解しているのに怒りの感情が出てきました。色んな感情が入り乱れながらも母と過ごせる日々に感謝をしながら過ごしてきました。

 

再発がわかったのが手術をして8か月後・・・・・

しかも再発した場所が言語中枢のど真ん中。

近々話ができなくなるかもしれない、もう母と話ができなくなるかもしれないと思うと母がどんなに不穏で怒ろうとも話ができるだけでいいと思う様になり、この頃から今の現実を受け入れる気持ちが出てきました。

それと同時に辛そうな母を見ていて抗がん剤を止めてもいいのではないかと思う様になりました。残された時間を苦しみで過ごすより少しでも穏やかに過ごせる事の方がいいのではないかと・・・・

でも母は薬の効いているお陰でQOLを保てているのは事実。。。どうする事が母にとっていいのか・・・・いまだに答えが出せずにいます。

 

今年の4月に大腿骨骨折をした時にはよくて車椅子生活と言われたり、この頃は母自身も生きる気力さえ失っていたのでほんとに凹みましたし、私たちも疲れがピークで家族同士の言い争い、ぶつかり合いが出てきました。どこにぶつけようもない感情が爆発しました。

↓この頃です・・・

それでも母は歩く事への執着が強く、リハビリを頑張ったお陰で少しずつ歩ける様に・・・

この事で母も生きる希望が出てきて、私たちも話し合い、できる人ができる時にできる事をしていこうと最低限度の分担を決め現在に至っています。

 

私自身も帯状疱疹になったり、髄膜炎で入院したり・・・・

これまで突っ走ってきた私にとって入院した事は一度リセットするいい機会だった様に思います。

今も仕事をしながら(減らして頂いてますが・・・)毎日母の所に行き、できる事をしています。

 

完治できないと言われている膠芽腫。。。

病状が悪化する時は必ずやってきます。これはどうあがいてもいずれは。。。

それまでの生活をいかに穏やかにしてあげられるか、母を笑顔にしてあげられるか。。。

 

不安と恐怖は心の中に常にありますが、今を大切に過ごしていきたいと思ってます。

 

今日は仕事に行く前に実家に行きましたら、母の方から外に散歩に行きたいと言い出し、

父と一緒に外玄関まで仕事に行く私を見送ってくれました。

小さくなった父と母の背中をバックミラーで見ながら、涙がこぼれました。

 

そして・・・何より母の笑顔が嬉しかった(*^-^*)


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雨のために延期になっていた職場の運動会・・・

29日(土)に無事終わりました(*^-^*)

今年初めてお弁当無しのプログラムでしたので色々心配な事もありましたが・・・

予定通りの時間に終わり、子ども達もほんとに頑張りました!

 

昨日と今日は久々に母とゆっくり過ごす事ができました(*^。^*)

 

母が膠芽腫と診断されてもうすぐ1年9カ月。。。

 

現在の母の状態ですが・・・

家の中ではあらゆる手すりを掴みながらなんとか介助しながら歩いています。自力での立ち上がりは難しい状態。外出時は車椅子です。

食事やトイレに行く以外はベッドに横になる時間が多くなってきました。

尿意や便意はあるのでリハビリパンツは使用せず普通のショーツで昼間はトイレで夜間は状態に合わせてポータブルを使っています。

 

少し痺れと麻痺がある右手ですが、箸が握れるまでに回復していたのですが、最近また力が入らなくなってきました。左手でスプーンを使い介助しながら食べています。

食事の前に必ず舌の運動をして食べてます。一応普通食で大丈夫なのですが全て少し柔らかめ。一度に食べる量が少ないので朝食・9時頃に擦ったリンゴとヨーグルト・昼食・15時にバナナ半分とちょっとしたおやつ・夕食・・・と5回に分けて食べてます。

でもタンパク質がどうも足りていない様です。

 

一時期衰えていた嚥下機能は回復とまではいきませんが、何とかテモダールも飲む事ができます。お茶や水など飲む時にやっぱりひっかける時があるので要注意です。

とろみをつけて飲む時もあります。でもとろみをつけるのはあまり好きではない感じ・・・。

 

言葉は話したいのにうまく出てこない事が多いですが、こちらが言っている事はまだ理解できています。なるべくゆっくりと口の形でもわかる様にはっきりと言う様にしてます。時々突拍子な返事が返ってくることもあったり、2,3分前に飲んだ薬の事を忘れたりと認知面は徐々に落ちていますが、まだコミュニケーションが取れています。

 

感情のコントロールは術後からうまくできなかったので、あまり変わらずですが最近は落ち着いています。テモダール中はうつ状態になり不穏になります。

 

着替えは右腕がほとんど上がらないのでできない所だけ手伝ってなるべく母ができる所は自分でしてもらう様にしてます。

 

入浴は週4回で訪問看護の方が週2回は来てお風呂に入れてくれます。後の2回は私か父が介助してます。お風呂は大好きなので父が介助しても怒らず助かってます。

訪問リハビリは理学療法士と作業療法士の方が週2回来てくれます。

 

病院は4週間毎に大学病院での診察&アバスチン。その日からテモダールを5日間。

2週間毎に整形外科で膝の診察。水を抜くのは大体月に一回。ヒアルロン酸の注射は毎回。

先日まで週一で歯科に通い治療と口腔ケアを耳鼻科で耳を診てもらっていました。

 

一週間のうち、土日以外は家族以外の誰かと接する時間があるという事はいい事です。

これが父と母と2人だけでずっと過ごしていたらきっと共倒れでしょう・・・・。

 

書いている間に11月になってしまいました。。。

 

今年も後2ヶ月。。。

 

今の状態でお正月を迎えられます様に。。。

 

今月もまた頑張ろう(*^^)v

 

 


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運動会に向けて最後の追い込みに頑張っていたのですが・・・・

昨日は土砂降りの雨~~~(;'∀')

 

それでも朝4時半には自宅を出て職場に向かいました。

ギリギリまでどうするかを協議した結果今週の土曜日に延期する事に・・・・

今年からお昼過ぎには終わるようにお弁当無しにしていたため、お母さん方は何度もお弁当を作る心配がなかったのでその点はよかったかもです。

 

来月の行事を考えると昨日できた方がベストだったんですが、こればっかりは仕方ないですね。

 

年長さんが来月、市の主催の大きなイベントで和太鼓を披露するのでそれに合わせて女の子用の髪飾りを製作中です(*^-^*)

 

材料はすべて100均で・・・・ 

 

表はこんな感じです~~

黒のバンダナで作ってます。

真ん中の飾りは金と銀のリボンを丸めた布にグルグルと巻き結んで縫い付けてます。

 

裏はショートヘアの子用にパッチン止めとお団子ができる長い子用にバレッタの2種類を使いました。

これはパッチン止めを付けたタイプです。

 

子ども達が頑張って演奏する姿を想像しながら作ってます^^

 

こうして年末に向けてさらに忙しくなる中・・・・

母が元気でいてくれる事が・・・有難いです。

 

もちろん日々体調の波はありますし、認知力もさらに落ちてきてはいますが、去年の不安定な時期に比べたら穏やかでよく笑顔が出る様になりました。

多少、昼と夜が逆転している感もありますが・・・・(-_-;)

いつでもいいからゆっくり眠れる時間が取れたらいいと今は思っています。

 

気温の変化で体調を崩しやすいですので、皆さんも風邪ひかれませんように・・・・・(*^-^*)

 


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