江戸川乱歩の合作小説「空中紳士」 | 銀のマント






江戸川乱歩の珍しい合作小説「空中紳士」










 江戸川乱歩の数ある作品の中で「空中紳士」(昭和4年)は異色の作品だ。というのもこれは乱歩を含む五人の作家による合作小説だからである。
 乱歩には他の作家との連作、いわゆるリレー小説というのは「江川蘭子」をはじめとして、何作かある。だが合作となるとほかにない。そもそも合作と言う行為自体文学の世界ではあまり例をみない。「空中紳士」の何十年か後に山田風太郎と高木彬光という、当時の人気作家の顔合わせによる「悪霊の群」というミステリが書かれたが、近年では合作小説と言うのは数がすくない。権利問題の面倒さとか、作家同士の交流が減っているとか、いろいろあるのだろう。
 乱歩はわざわざ「耽奇社」という合作のためのグループを作ってこの小説を書いた。
 メンバーは土師清二、国枝史郎、長谷川伸、小酒井不木、乱歩の五人である。この顔ぶれも乱歩とどのような結びつきがあったのか興味深い。小酒井不木と乱歩はともかく(小酒井不木が乱歩を見出したと言われている)、あとはほとんど共通点の思い浮かばないメンバーだ。だいいち、国枝史郎と長谷川伸は、かたや伝奇小説、かたや股旅人情小説の大家である。探偵小説の作家でもないこの二人がなぜ参加しているのか、それだけでもちょっとしたミステリィだ。
 当時の乱歩は人気作家で連載の締め切りに追われていたはずだが(「陰獣」の執筆時期に重なっている)、「空中紳士」は乱歩がほとんどの部分を書いたと言われている。
 タイトルだけ見ると、なんだかSF小説みたいだが、これは探偵小説、というよりはサスペンス小説である。アイデアを六人で出し合ったというが、そのぶん乱歩らしい鏡とか白昼夢とかパノラマとか畸形とか迷路といった要素は影を潜め、乱歩ファンにはちょっと物足りないかもしれない。
 ストーリーは、東欧の某国のルール殿下という国賓が日本で誘拐拉致され、美人記者がその事件を追い、謎の「空中紳士」が彼女を助けると言う設定を基本にした波乱万丈の物語である。
 合作だけあって、乱歩の小説によく見られる、猟奇的な事件をつなげていって大団円を迎えるというお決まりのパターンではなく、山あり谷ありの、変化に富んだストーリー展開をみせる。
 乱歩は時々、自作に対して自己嫌悪の念に捉われたと言う。そのため中絶した小説も何作かある。そうした作家的欠点を補おうとして、合作小説を試みたのではないか、などと邪推してみるのだが、どうだろう。












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