麻布で働く社長のBlog -3ページ目

偶然が豊かな人生をつくる

定例のエクササイズで、「仕事に対する違和感の正体」というタイトルのプレゼンテーションをした。新卒がプロジェクトに配属されたり、入社してくる社員が多かったりというタイミングもあったし。

 

代表的な一番馴染みのあるキャリアのつくり方は、、、言葉が難しいけど・・・特性因子論ってのがある。

 

このパーソンズはこれら3つの仮説にもとづき、個人のキャリア選択に当たっては自己理解と、仕事知識を踏まえた次の「3段階プロセス」が必要だと考えた。

 

・.ステップ1-自己分析
自己の性格、適性、能力、興味、関心、希望などに関して明確に理解

.・ステップ2-職業(職務)分析
仕事の内容、条件、報酬、求められる能力、メリット・デメリット等の知識・情報を収集
・ステップ3-理論的推論
 1.2を合理的に推論して自らに最もマッチした仕事を選択する

 

一見正しそうだし、ロジカルに見えるこのプロセスを、もう少し深く見てみる。

 

自己分析・・・これって自分を知るってのが凄く難しいと思う。一度自分のコンプレックスは?と強制的に考えたことがある。なんかしょぼいのは見つかるけど、特にもの凄いコンプレックスは見つからなかった。

 

例えば、幼少期に虐められてて、それが悔しくてプロボクサーになったとか。ホームレスをしていて、事業で大成功したとか。こういうネタがある人は、自己分析がチャントできている人だと思う。

 

みんなは自分のことをどれだけ知っているのか?!

 

次に、職業分析。

これも凄く難しい、ある人が言っていたのは、「今の小学生の65%が今存在しない仕事に就く」と。特に、IT業界は技術の進歩が早めでこの割合はもっと大きくなっていくと思う。

 

その中で、限定的な合理性を合理的だと思っている僕たちが、正確で合理的な職業分析ができるだろうか??絶対できないか・・・・

 

で、この2つのスーパー不確定要素を前提条件として推論をすることに何の意味があるのだろうか?悪言い方をしたら、バカを固める事にならないだろうか?

 

ここで出てくるのが、「計画的偶発性理論」

計画的に偶然を作り、それをもとにキャリアを築くという、よくわからない方法が今の主流になっている。

 

思い返してもらいたい。

あの時の偶然のアサインや、偶然の出会い、偶然買った本、偶然してみようと思ったことなど、「偶然」によってキャリアが拓けたことないか?

 

自分の人生の殆どは、限定的な合理性のもと、構築してきた気がするけど、ところどころでターニングポイントとなる出会いとか習慣とかは殆ど偶然だったことに気がつく。

 

でも、偶然グウゼンと言っても、ボーっとしていてもその偶然はやってこない。計画的に偶然を起こすには、クランボルツはこう言っている。

 

1「好奇心」―― たえず新しい学習の機会を模索し続ける
2「持続性」―― 失敗に屈せず、努力し続ける
3「楽観性」―― 新しい機会は必ず実現する、可能になるとポジティブに考える
4「柔軟性」―― こだわりを捨て、信念、概念、態度、行動を変える
5「冒険心」―― 結果が不確実でも、リスクを取って行動を起こす

 

具体的なアクションプランは

1.外に出る
2.仲間を得る
3.視野を広げる
4.1~3で得たものを仕事に適用してみる

 

まずは、自分の価値観が作った環境から外に出たらいい。そして自分より凄い人と友達になる。そうすると、これまでの価値観やモノの見方が広がる。そしてそこで得た色々なモノを仕事に活用してみる。

 

ウチの新卒のみんな、そして18入社の新卒のみんな。

まずは、背伸びしても簡単に超えられない先輩を見つけてほしい、社内にいなけれりゃ、社外で探してほしい。で、ソイツに全部を教えてもらえるというかまってちゃん気質を捨てて、いつかやっつける!という意気込みで、正対してソイツと戦ってほしい。その相手がボクでも構わない。

 

居心地が良いのは、変化がなく安定しているだけなのか?本当にココロを休められるのか?をチャントジャッジしてほしい。関係が継続するのは、自分が変わらなくていいからなのか?お互いを尊重しあい成長を認めあっているのか?をチャントジャッジしてほしい。

 

そしてこれから来る新しいみんなに対して、彼らの為になる偶発を起こせるような人になってほしいと思う。

 

これ、定例で1回やってるから、意味わかるよね?

所感か感想を、メールで提出してくれ(笑)

ネガティブキャンペーン

組織内のネガティブキャンペーンにどう向き合うべきか?        

https://industry-co-creation.com/special/9721
 

>中竹 追い込んで追い込んで、自分で決めさせた方がいいですよ。
最後は僕はボールを投げるんですよ。早稲田の時もそうでしたけれど、エース級の人間に、辞めさせるつもりは全然ないんですけれど、「どう?この状況で。辞めた方がいいんじゃない?一週間考えて。俺は別に辞めさせたいわけではないけれど。本当にこのチームのためにいたいのか、好き勝手やりたいのか。」と最後に投げると、その人の本質が見えてくるので、ボールは投げた方がいいと思いますね。

 

==

 

強豪の早稲田だからこれができるのか?

スポーツチームだからこれができるのか?

 

まずネガティブキャンペーンのメカニズムを明らかにするべきだと思う。一部分だけ切り取られたコンテンツが別のコンテクストで使用された場合、その時のコンテクストによりコンテンツが書き換えられる場合がある。

 

「嫌い」という言葉は、コンテクストによって、「好き」と捉えられる場合は容易に想像できる。

 

このコンテクストのかけちがいによってネガティブキャンペーンは作られていくと思う。つまり、コンテクストの発言者(ネガティブキャンペーンの発端)は自身の発言が別のコンテクスト内でどのように捉えられるかを考えられていないと言うことが、このネガティブキャンペーンの本質だと思う。

 

誤解を恐れずに言えば、単純にバカなんだと思う。

 

そのままでいいわけないので、なんでバカなのか?を検証し改善しないといけない。それは、例えば感情を表現するボキャブラリーをつけてもらう。感情の整理をできるようになってもらう。もしくは、自分の感情をみんなのために役立てるためには?のビジネススキルをつけるための教育をする必要がある。

 

それは、個々人の問題ではなく、組織の問題だと思う。

ボールを投げられても、捌けないのであれば、キャッチする教育が先だと思った。

ジョボいバイアスの捨て方

バイアスと成長の関係

成長とは今いる層を上昇させることだと説明できる。例えば、自分の仕事を精一杯すればいい層からチームで結果を出さなければいけない層に上がることは成長である。会社でいえば平社員から課長になることである。ここでのバイアスの変化は、仕事は自分だけで完結から、仕事はチームで成果を上げることが必要であるに変化することだ。この変化を実際の仕事に適応させるのが結構大変。まず一番初めの壁は、自分がやったほうが早いと思うことをグッと心に押し込めて、信頼させ支援し任せることだ。何倍も時間が掛かるし、イライライしたり、気持ちが伝わらずシンドイかもしれないけど。他にもあるがこれができるようになると、チームで結果を出せるようになる。バイアスの変化により自身の成長の実感する瞬間である。

 

バイアスマジョリティに価値はない

この時に赤ちょうちんで同期と、結局自分がやったほうが早いし、部下は言うこと聞かないしと愚痴ることがあるかもしれない。でもここで、そうだよね~!という同意は誰の成長のためにもならない。はじめは承認されているようで居心地がいいが・・・・居心地がいいのでまた同じメンバーで集まる、するとまた居心地がいい、バイアスが似ていると居心地はいいが一歩も前に進まない。バイアスを変えられない無能な人は、自己愛が非常に強い傾向がある。自分の価値観で全てを判断する。なぜなら考えるのは大変だから。そして気を抜くと周りに流される、流されると自分と似たバイアスを持った人と付き合うようになり、マジョリティのバイアスに侵食される。まずは、楽なバイアス、マジョリティとなっているバイアスを捨てること、自己愛を捨てることをする必要がある。

 

自己愛は論理的破綻したナルシシズム

自分で鏡を見て、今日も可愛い!と思う。。しかし、家から一歩外に出れば大抵は他にも可愛い子が沢山いることに気がつくし、テレビを付ければそれを遥かに凌駕する子もいる。でも自分が可愛い!と思う。これは論理的に頭で理解できる、自分で目にした事実をすっ飛ばしている。中々ここまでの子には出会えないけど(笑)自己愛の強いバイアスの子はよく目にする。ポイントは、論理的に大きく破綻しているというのが特徴だ。これも、マジョリティなバイアスの中で生きてきたということが原因なんだろう。バイアスが進歩しないので、考えることをしない。考えないとバイアスは進化しない。

 

愛することがバイアスを進化させる

バイアスを手っ取り早く進化させるには、大好きな人を見つけること。好きというのはメンターという意味の方が近いかもしれない。そして、その人の全部を好きになること、受け入れることをしてみる。いくらメンターでも、オカシイと思うことあると思う、でもそれも全部引っくるめてする。イイトコ取りはキット本気じゃないし本当に好きじゃない。その人の存在によって自分の全部を再構築する、正確には再構築プレーをする。仕事のことは勿論の事、趣味から服装から、乗るクルマ、遊び方、カネの使い方まで自分の頭なんかで考えずに、その人に従ってみる。本気で。そうするとドンドンメンターに近づくことができる。それが自分のバイアスを進化させる1つの方法だと思う。

 

じゃぁ誰をメンターにすればいいのか?

仕事ができるようになりたいと思うなら、自分の会社の上司でもいいしリーダーでもいい、取引先の方でもいい。カネがほしいなら金持ちにすればいい。要は誰でもいいと思う。自分が擬似でも何でも惚れ込んで全部を受け入れようとする力があれば。メンターを自分の価値観で判断しないと決めきる。それに値する人がメンタータラシメル。

 

自分が自分らしくいることに本当に価値が有るのだろうか?自分の仕事は全て、自分以外の誰かのためにする。そして誰かのためになればなるほど資本主義のルールにより多くの様々な報酬を手に入れることができる。だとしたら、自分を愛する気持ち、もっと言うと自分の価値観が正しいと思う気持ちは必要ない。本当に自分を愛せるなら、誰かのためになっている自分を愛すべきだ。そのためには、自分はドンドン変わらないとイケないし成長しなくていはイケない。