モチベーションと自己実現の誤解
モチベーションに対して少し思考が進んだ。
いわゆるモチベーションってのは、動機と邦訳される。なので今の日本で意訳されているテンションとは根本的に異なっている。
この動機を企業経営の中では結構重要視している。社員がモチベーションを持って充実した仕事をし、その過程でビジネスマンとして成長して欲しいというのが殆どの経営者が考える事だと思う。
その際に大きな誤解があると思う。いろんなモチベーション論は、自身の欲求により動機付けられるというのが源泉になっているという点だ。
人の欲求は衣食住をまず求め、次には安全を求める、、そして最終的には自己実現を、、というのがメインストリームになっている。この考え方というか自己実現というのがズットしっくりきていなかった。
ある派閥によれば、この自己実現を達成しているのは、これまでの歴史上で3人しか存在しないとも言われている。しかし、組織開発やキャリア開発の領域ではこれを目指す若しくはこの体系にのっとり今何をするべきか?やそれを内発・外発に分割し要素分解をしたりしたものをベースに何らかの開発のソリューションを当てている。
何が問題かというと、この自己実現の定義である。(ここでの自己実現はなんとなく成りたいと思っている自分の姿。しかも結構浅はかなものとする)営利企業ではこの個々の自己実現と企業のゴーイングコンサーンをリンクさせて考える。当たり前だろ!と何の疑いも持っていなかったけど、実はここに大きな問題があるように感じる。
組織のビジョンやミッションは、この自己実現のベクトルを統一化してそれに共感するものを集め推進速度を上げるという役割がある。営利を目的とした組織では極々当たり前の企業倫理である。
しかし、それを組織中心ではなく、個人中心で自己実現を考えるととても難解になっていく。もちろん、それを100%個人ベースにしたいというのであれば、アイエスエイプランではなく「勝手にやって」という結論になるけど、できれば組織のミッションビジョンとリンクして欲しいとも思ったりする。
要は、組織の自己実現と個人の自己実現が混在している中でどう帳尻を合わせて組織を成長させるか?というのが問題意識になってくる。
結局のところ、バランスが大切みたいな結論になってしまうんだと思うけど、、、ただこのバランスをとる為にはオフバランスの選択肢が必要になってくると思う。この選択肢をどの位用意できるかが、その組織の多様性への対応力になってくる。
1つのやり方で1つの目標に向かうのは、1番効率的であるのは間違いない。でも、n個のやり方で1つの目標に向かう方が遅いかもしれないけど、個々の自己実現への達成度はたかいのではないかと思う。
これが、アイエスエイプランの今後の組織の条件なんじゃないかと思った。
2018年抱負
早いもので今日が40才の誕生日。人生折り返し(笑)
社長の器が会社の器と言うことで、ある種の強迫観念で勉強したり新しいモノの考え方を学んだりとしてきた気がする。別にムリしてしてきたわけじゃいし、結果に満足しているわけじゃないけどそれなりにやって来た気がする。
上を見ればキリがないし、下を見て安心する意味もない。現状に満足して自分を変えないことは生きている意味がないし、今の自分を過小評価してつまらない謙虚さも必要ないと思う。
書いていて思ったんだけど、やっぱり変化していきたい。これまで感じれなかった何かを感じれるようになりたいし、できなかったことができるようになりたい。
ソーシャルな変化の中に身を置きたい。
そんな環境下で切磋琢磨したいと思う。
40年も生きていると、色々なネットワークに関わるし、それぞれの人間関係の中で自分の役割ができてきたりする。それも自分の使える時間と照らし合わせると十分以上の人間関係が周りに存在する。
誰かが言っていた。
「もうね、ストレスのかかる付き合いはしたくないんだよ。ムリに必要のない付き合いはしたくないって」って。
これまでの変化の源泉は、このストレスにあったように思える。自身の価値観と対象の価値観をすり合わせる際のコンフリクトがここでいうストレスなんだと思う。でも、このストレスをゼロにして自分の行動を社会から必要とされている事や組織から必要とされていることに寄せていく事が、これから必要になっていくんだと思う。
今まで、「自分らしく」って言ってるヤツ、「はぁ?」って思ってたけど、最近はその自分に従うのも悪くないと思うようになってきた。その中で、自分もそして相手もムリしないストレスレスな環境をつくっていきたいと思う。
これって、これまでの何らかの武装を解いてこれまでよりも早いスピードで変化し、自分のプリミティブな力だけで勝負していくってことなのかもしれない。結構勇気がいることだと思うけど。
直ぐにできるとは思わないけど、ここに挑戦していこうと思います!!
誰でも使える、意思決定の規準
何かを決める時、それが(いろんな意味で)合っているかどうか、カナリの確率で正解にするための規準がある。
それが、
自分が「したい・したくない」事なのか
「するべき・べきじゃない」事なのかのフィルターにかける。
その意思決定が、「するべき・べきじゃない」の範疇での決定なのか?ジャッジしてみてほしい。
ダイエットをしている、目の前に美味しそうな糖質がある。
食べたいのか?食べるべきじゃないのか、、どっちで決めるべきか?
目標達成の為の勉強をしようと思っている。
勉強したくないのか?勉強するべきなのか、、どっちで決めるべきか?
自分の感情「したい・したくない」での判断は、デブでバカ感じ
ロジック「するべき・べきじゃない」での判断は、スタイルよく賢い感じ
になるのが大部分ではないだろうか?
全てを、「するべき・べきじゃない」で判断するのキットツライなと思うし(笑)じゃぁ自分のしたいことはしちゃいけないの?ってなる。
自分の「したい」ことをしていいのは、「するべき」事の積み重ねの上に、しか無いと思う。膨大な「するべき」の上にしか「したい」は存在し得ない。
ビジネスで自分の夢を追いかけていてキラキラしている人は、間違いなく「したい」事だけをしている人ではなく、膨大な「するべき」事をして「したい」事をしている人だと思う。
本当に「したい」の為に、その何十倍・何百倍の「するべき」事を実践しよう。