皆さま~こんにちは!今日は小雨が降って、肌寒いですが、お元気でお過ごしですか~?


さてさて、明日2月18日は・・・・

1995年2月18日(土曜日)に初めてフィリピンの地を踏んでから、ちょうど20年!という、私にとっては私的な記念日です~~


この日夕方、私はアドラ(ADRA)という国際支援機構のボランティア隊の一員として、他の西日本地区の他の隊員たち(ほとんどが広島三育高校生とその卒業生)と、まだ開業間もない関西国際空港で会い、SDAのI牧師の引率で(今はなき)ノースウエスト航空のボーイング747機に搭乗し、一路フィリピン・マニラに向けて飛び立ちました。


マニラの二ノイ・アキノ国際空港に着陸したのは、夜も更けた午後9時53分。その後、今に至るまで深い関係を持つことになるフィリピンの地を最初に踏んだ瞬間でした。まだ寒かった日本に比べると、やはり蒸し暑かった!


入国手続き後、私たちは迎えの車で、市内にあるSDAの北フィリピン教団(ユニオンカンファレンス)の本部コンパウンドに向かい、その夜は、そこにあるゲストハウスに宿泊することに。

もう午後11時近かったですが、そこはフィリピン・・・まだまだ交通量も人も多く、喧騒のマニラの夜はまだまだ続いていました。


マニラ滞在もそこそこに、翌日19日は、さっそく目的地のミンダナオ島の最南東部にある、ジェネラルサントス市に移動。

フィリピンの北から南まで縦断するので、直線距離で1000Kmくらいあります。


寝たのは遅かったですが、朝は早起きし、教団本部の近くにあるマニラアドベンチスト病院での朝食後、8時半には教団本部を出発し、国際空港の隣りにある、国内線専用空港に。。。前夜の国際空港ターミナルに比べると、国内線ターミナルは、より一層ローカル色が強く、改めてフィリピンにいるんだと言う思いが湧き上ってきて、心地よかったです (^^)


空港内で、若干の日本円をペソに交換。6000円が1440ペソになりましたから、その時のレートが4.16円くらいでしょうか。現在に比べれば、当時はまだペソは高かったですね。


フィリピン航空のエアバスA320機に乗って、まずは中部のセブ島の隣りにあるマクタン島へ。午前10時09分離陸・11時06分着陸。飛行時間57分でマクタン島に着きました。セブ国際空港は、このマクタン島にあるんです。すぐ隣りのセブ本島とは橋で繋がっています。


空港ターミナルには、中部フィリピン教団の女性が迎えにきてくれていました。次の飛行機までは4時間ほどありますから、彼女がその間私たちの案内・世話をしてくれました。

このおばさま、肝っ玉かあさんって感じで、実にハキハキ・キビキビしていて、好感が持てました。彼女の案内で、島内を回ることに。セブ本島まで行くと時間がかかりますからね。このマクタン島もそこそこ大きい島ですし。


まずは、ギター店へ。ここでは独特のギターが生産されているそうです。隊員の中に、ギターに詳しい青年がいて、彼は特に興味深そうに見学していました。私のような素人は、何が何やらわけがわかりませんでしたが(苦笑)


その後島の中心部にあるショッピングセンター内で昼食。私自身が払ったわけではありませんが、料金表を見ると、当然のことながら、やはり日本に比べれば相当安いなと感じた記憶があります。


そのショッピングセンターから空港までは、トライシクル(バイクタクシー)。タイ等では利用したことがありますが、フィリピンではこれが初体験。風を切って走るのは爽快です~^^ 午後1時50分には空港に戻りました。


マクタンから、最終目的地のジェネラルサントスまでは、フィリピン航空のプロペラ機・フォッカー50!日本でも以前はローカル線で多く使われていましたが、50人乗りほどの小さなプロペラ機です。


お世話になった肝っ玉おばさんの見送りを受け、我がフォッカー50機は午後3時19分にセブ・マクタン空港を離陸。

いくつもの島々が望める、南国の鮮やかな色合いの海を越えると、いよいよミンダナオ島です。面積約10万Km2のフィリピン2番目の島。


小型プロペラ機ですから低空を飛ぶため、眼下のミンダナオの大地がよく見えます。

緑豊かな南国の島という予想は、半分は当たっていましたが、でもその一方森林を切り開いて大規模な耕作地も多々見られました。


この島では、例えばドールとかデルモンテとかの、国際食料資本・食料メジャーの大規模プランテーションが各地にあるとのこと。そうしたプランテーションによる自然破壊の問題も抱えているのです。そうした大規模開発が、地元の住民の皆さんの生活にどういう影響を及ぼしているのか・・・そのことを考えると心が痛むのです。


1時間17分の飛行後、ミンダナオ島上空をもほぼ縦断して、午後4時36分についにジェネラルサントス空港に着陸!

いや~ここはやはり究極のローカル空港!私が今まで経験した中では、八丈島空港と並ぶような小さな空港でした。ローカル色豊かという意味では、八丈以上かも。。。空港と呼ぶよりは、「飛行場」と言った方がピンとくるようなところでした。


何もない伸びやかな大地の中にある、開放的な空港には、これまたささやかなターミナルの建物が。

そのターミナルの前には大きな横断幕を持った、なにやら大勢の人々が・・・


よくよく見てみると、その横断幕には私たちボランテイア隊を歓迎する言葉がデカデカと(笑)

そうです!現地のSDAの南ミンダナオミッション(教区)の皆さんがわざわざ大挙して空港まで迎えに来てくれていたのです!!

その中には、今に至るまで友人として交流のあるノモス牧師の姿も。。。

いや~この暖かく・心のこもった歓迎には感動しました(^0^)

今でもあの時のことは懐かしく思い出します。


あの時の感動と嬉しさと感謝の思いが、今に至るまでの私とフィリピンとの関わりの原点となっているような。。。


出迎えた兄弟姉妹との挨拶の後、私たちは車で20分ほどの市内にある、宿泊場所でもある、南ミンダナオ教区の本部コンパウンドへ・・・

到着もそこそこに、本部内教会での歓迎会になだれ込んでいったのでした~


で、その翌日から26日まで、安息日を除いて、市郊外のロントン村という場所で「井戸掘り」の手伝いを始めた~ってことなんですが、実質は現地の方々、特に青年たちと何だかんだと楽しく交流して、親しくなった・・・実はそのために行ったようなものだという話しとかいろいろはまた機会があったら~~!


相変わらずフィリピンのことを書き始めたら際限がなくなりますね(汗)たった2日間のことを書いただけで、ここまで長くなって・・・・


あの時、日本から一緒に行ったボランテイア隊の青年たちも、今はそれなりの年になり、日本のみならず米国・韓国等でそれぞれの使命を持って活躍しているようです。フィリピンの兄弟姉妹たちともに、彼らにも主の変わらぬ祝福と守りがありますよう。。祈るのみです。


最後に話し変わって、まさに今日の話しを。

義兄のMさんの奥さんの、ミンドロ島の実家のお祖母さんが、昨日16日午前5時に、96歳でお亡くなりになったそうです。

フィリピンで96歳というのは、超長命だと思いますが、Mさんの奥さんは、自分が姉妹のうちで長女ということもあり、急遽今夜の中部空港発のセブ航空便で帰国することに!お葬式に出て、トンボ帰りで戻ってくるとのこと。悲しい旅かもしれませんが、その旅の無事を祈ります。

そしてご遺族に天来の慰めと励ましを祈ります。


ちなみに、今日2月17日は中部国際空港(自称セントレア)の開港10周年記念日。。。


皆さま、また次回お目にかかりましょう。お元気でお過ごしを!祈りつつ。。。