皆さま、シャバト・シャローム~フェリツ・サバド~!幸いな安息日です。この週も速やかに過ぎ去り、最後に安息日の恵みが与えられ、ただ感謝。我らの希望は燃え上がる~。皆さまの過ぎし1週間はいかがでしたか?

昨日・今日と春を実感させる暖かさ・麗らかさで好天にも恵まれ、ほっとしますが、そんな中、京都の友人(50代半ば)から昨日メールが!去る水曜日に駅の階段を急いで駆け下りていたら転倒して大腿骨骨折・救急搬送で入院・緊急手術と!今も痛いが治まるまで我慢するしか、と。どこで災難に遭うか分かりません。彼も若くないのですが、自覚が足りないのかな?苦笑。注意不足と言ってしまえばそれまでですが、彼より年上の自分も他人事ではありません。改めて慎重な行動が必要と思わされ。ともあれ彼の回復も我が祈りの課題に加わりました。彼の心に平安を。。

 

 

 

STEP.1安息日の本日。いつも通りサンライズ今帰仁教会ライブを通し主に聖日の礼拝を捧げます。SS教課1期最後の13課、これまた重要な現代の真理「信仰とキリスト再臨の約束」の学びに続き、11時からは安息日礼拝の時間。

 

 

 

 TODAY'S
 
期末の洗足聖餐式に先立つ礼拝の説教は、池宮城長老。1か月前の続編「すべてを造られたお方を伏し拝む パート2」。聖式が控えているので、42分と彼にしては短い勧め。


 

 

 

まず「伏し拝む」の語意を確認。「ひれ伏し拝む・頭を深々と下げて拝む」また「遥拝=遠くから拝む」の意味も。続いて聖書の記述から具体的に何人かの実例を引き「伏し拝む」あり方の良き例と悪い例を列挙。その上で「教会礼拝で私たちの態度はどうあるべきか」を考察。
何より言えることは「聖=創造主であられる主なる神」と「汚れ=私たち創られた被造物」には超えられない壁があり、本質的な違いがあるとの点。だからこそ私たちは謙遜・敬虔・畏敬の念を持ち清い思いで恭しく一心に主を礼拝すべきと。真摯な使信です。最後に「真の礼拝とは、キリストと共に働くこと」 とも。 まさにその通り、ア~メンです。

 

 

 

 

待ち遠しかった2週間ぶりの熊本・仮庵教会蒲島兄の礼拝説教も、録画で聴きます。「十戒に見る救いの法則と滅びの法則」。いつもながら、他では滅多に聴けない神の戒めの核心・奥義に迫る貴重な使信。「神の残りの民の教会」と信じられる仮庵教会。

 

 

 

 

週ごとに日々日没が遅くなっています。今は夕方6時過ぎても暫くまだ明るく・・摂理により季節は止まることなく進んでおり、主の愛のみ心を感じます。夜の帳が下りても寒くない!それも恵み。主の恵みは時宜に適って十分!今日受けた力と糧を頼りにまた新しい週に踏み出します。この週の半ばから過ぎ越しの祭りが始まります!(改ユ暦4月1日夕から)常に主にあって=結ばれて、み心に適った歩みが出来るよう祈るのみ。

 

 

 

 

 

事実人間には一寸・一秒先のことも分かりません。しかし恐れることなく、思い煩いや不安は主に委ね、信仰を働かせ最後まで平安に過ごしましょう。皆さま、祈りつつ主にあって幸い・希望・喜び・感謝の毎日を。引き続き祝福を祈ります。お体大切に。同時に霊的事柄も大切に。また次回!栄光在主🤗愛ハート