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 アイエスニュース独断&偏見155号より。最近、小倉駅前でも靴磨きのおじさんを見かけなくなって久しい。昔は結構ずらっと並んで紳士淑女の靴を磨いている人たちが居た。また靴の踵が外れたのを修理などもやっていて、結構重宝がられていたのだが、今では絶滅危惧種の一つであろうか??若い人たちはこんな職業があったことすら知らないだろう。



心の授業」などで売れっ子講演家の比田井和孝さんの、東京山手線の駅でのレポートから。彼はおじさんに、「失礼ですが、仕事がなくてこのお仕事をされているんですか?」と聞いた。ところが、「私は学生の頃から入れるともう30年になりますよ」と返ってきた。おじさんの父親は、この靴磨きで子供たちを大学にも行かせ立派に家族を養ってきたという。



このおじさんは、父親の生き様に感動し、大学を出てそのまま靴磨きを継ぎ、父子60年に亘り、この仕事に誇りを持って、そして人々に感動を与え続けているのである。だから絶滅危惧種でもこうして厳然と立派な職業として存続している。お客様の8割は常連客という。しかもそのほとんどが社長さんだそうだ。興味深いことに、「社長になってから磨きだ



したんじゃないんだよ。靴を磨くようになった人たちがみんな社長になったんだよ」とおじさんの弁。この言葉にはもの凄く重みがあり、私も毎朝この言葉を想い出して磨くようになっている、と比田井さん。私も改めてこの記事を読み返してから、毎朝必ず靴を磨くようにしている。良いことは即実践。「普通の人は、油を塗ろうとするんだよ。一回雨が当たればもうお終いさ。ところが染み込ませることが大事で、ここが腕の見せ所なんだよ」と。・・・

456日のありがとうございます13800168008500回。Café昭和の時代


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 昨日のめだかの楽幸は、3時からたまちゃん先生の講演CDを聞いて自己紹介、感想などを話し合った。6時からは、植松努さんの講演CDを。その前に3時から参加してくださった竹チェロ田中昇三さんとギターの針尾清さんがサービスで、「合馬の竹お手製バイオリン」でアベマリアひまわりを演奏してくれ、初参加の人たちは目を丸くして竹が醸し出す何と



も言えない自然の中に身を置くような音色に聴き入っていた。この田中さん、付き合えば付き合うほど味があり、教わることもその都度沢山発見させられるありがたい存在です。また、初参加の師匠と呼んでくれるFさんも、天性の陽気さと素直さが即座にみなさんと溶け合って、中心的存在にどんどん成長してくれること請け合いです。私と出会って、



藤一人さんの教えを即実践、そして「パワハラで苦しんでいた同僚の心を解放させることができました」と発表。これこそめだかの楽幸の真骨頂である。「世のため人様のためにお役に立つ」、これこそが幸せに生きる方程式なのだから。たまちゃん先生植松努さんも全く同じことを言われている。自らが率先垂範しそれを実証されているから説得力がもの凄くあ




る。これらの基礎はすべて中村天風先生の教えそのものである。その天風先生を尊敬申し上げているSさんとJさんが初参加。とても喜んでお礼を言われた。「ここに来てとても元気が出ました」と。まさに「念ずれば花ひらく」だ。アンテナを上げ発信していれば、必ずいつかこうして誰かが受信してくださるのだ。これも天風先生がちゃんとおっしゃっている。凄いですね。今朝も早速お礼のメールが入る。どんどんスゴイ人が近づいてきた。

1,2,3日のありがとうございます163001300012400回。Café昭和の時代


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 どこの誰よりも男らしい父親、たくましい父のこの姿を脳裏に刻んでおこう。そして素晴らしい父親を尊敬し、その子供を誇りに思う。これからは父親のように、汗と油にまみれて、自分の腕で、自分の身体でぶつかっていける、そして黙して語らぬ親父の生き様こそ本当の男の生き方であり、僕も親父の後を継ぐんだ。・・・完。この少年の文章力も優れている。私は長いこ



と文章を書いてきたが、彼のように実に素直でそして感性豊かに、しかも簡潔にはなかなか書けない。賢い少年だ。そして自分の父親を尊敬すると言う、人生でもっとも大切なことを身を以て学んだことは大きな大きな財産となるであろう。彼はたまたまお父さんの仕事する姿を見たから幸運であるが、ほとんどの子供たちは父親の懸命に仕事に勤しんでいる



姿を目の当たりにすることがない。母親の大きな役目の一つに、父親を尊敬できるような会話を日頃から子供にすることが大事であろう。子供が父親を尊敬すれば自然と仲の良い秩序の取れた家庭になるはずだ。ところが世のお母さん方は、「またどこかで飲んでいる」とか、「そんなことをしていると父ちゃんのようになるよ」などと、子供が父親を平気でバカ





にするようなことを言っている母親が多いようだ。これは大問題である。結局、それは「天つば」であることを心したいものである。この作文もそうだが、先のペンキ職人の父親を持つ青年の作文も同様に、父親の偉大さを知ったことは如何にも幸いである。アイエスニュース「独断&偏見」155号に、「靴磨きの職人」の話を綴ったが、これもやはり父親の後ろ姿に憧れて、大学卒業後、自ら進んで靴磨き職人をやっている話である。・・・つづく

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  Café昭和の時代のイベント用などの掲示板が小さかったので、「何とかしなければ・・」とずっと考えていたが、昨日やっと手作りではあるがそこそこのものが完成した。早速、92223の「カルメン」の大ポスターと、104の「オータムジャズライブ」のポスターを貼った。オータムジャズライブは定員30名限定。ワンドリンクつき2000縁也!!



    


昨日の続き・・・ところがある日、僕は私用で名古屋へ出かけた。ふと気付くと高層ビルの建設現場に「○○建設」と、父親の会社の文字が書かれているのが目に入ってきた。これが父親の働く現場か。僕は足を止めてしばらく眺めるともなく見ていて驚いた。8階の最高層に近い辺りに、命綱を身体に縛り、懸命に働いている父親の姿を発見したのである。僕は金縛りにあっ


    

たようにその場に立ちすくんでしまった。「あの飲み助の親父が、あんな危険なところで仕事をしている。一つ間違えれば下は地獄だ。女房、子供に粗大ゴミとか、濡れ落ち葉とバカにされながらも、怒鳴りもせず、反発もせず、へらへら笑って返すあの父親が・・・」。僕は絶句して身体が震えてしまった。8階で働いている米粒ほどにしか見えない父親の姿が、仁王さんのような


     

巨像に見えてきた。僕は何という不潔な心で自分の父親を見ていたのか。母親は父親の仕事ぶりを見たことがあるのだろうか。一度でも見ていれば、濡れ落ち葉なんて言えるはずがない。僕は不覚にも涙がボロボロと頬を伝わった。身体を張って命をかけて僕らを育ててくれている。何一つ文句らしいことも言わず、たった一日の焼酎を楽しみに黙々と働く父親の姿の偉大さ。(またまた涙が溢れてきたよ・・・。この青年は素晴らしい感性の持ち主だ)・・・



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 昨日夕方、竹バイオリン田中昇三さんがやって来て、「北海道から送ってきたのでお福分けです」と立派なトウモロコシを頂いた。彼は、只今大変な評判で、毎日いろんな所からお声が掛かり竹バイオリンの腕も日毎に上がっているようだ。また、彼は武士道の精神を父親から引き継いでいて、お話ししていてもとても楽しく共感するところ大である。そして、



日本の古代文字である「カタカナム文字」についても話が盛り上がり、「今度勉強会をしましょう」と言うことになった。良き友、心の同志が一人ひとり増えている。ありがたいですね。 28日の続き・・・(ある中学生の作文から) 中学になる頃には自分の境遇について、もうすっかり諦めていた。 たまの休みには、父親は朝から焼酎を飲みながらテレビの前に座って



いた。母親は、「掃除の邪魔だからのいてよ」と、掃除機で追っ払う。父親は逆らうでもなく焼酎瓶を片手にウロウロしている。そんな父親を軽蔑の眼差しでにらみつけてしまう。「濡れ落ち葉という言葉はあなたにピッタリね・・・粗大ゴミとも言います!」と、愚痴る母親に、「なるほど俺にそっくりか。ハッハッハ・・・旨いこと言うな、ハッハッハ」と、受け流し怒ろうともせずゲラゲ




ラ笑っている。(もしも私が家内からこんなことを言われたら、烈火の如くに大声で怒り飛ばしていただろう。「誰に向かってそんな大口を叩いているのか!!」と。このお父さん相当胆の据わった大物だ) PTAの会合も、運動会も、発表会も何一つ父親が学校を覗いたことなど僕には記憶がない。(私もそうだったな・・・トホホ)・・・つづく

31日のありがとうございます13,700回。8月合計449,600回。累計42,661,500


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 28日の金曜日、3時から新田原の手嶋整骨院JRに乗って行ってきた。たまには列車の旅もいいもんだ。ゆっくり本が読める。坂本晃司先生の「日本で一番大切にしたい会社NO」を拝読しながら感動で涙が湧き出てくる。鼻水シュンシュン言わせながら。前に座っている青年は「どうしたんだろう?このおじさん・・・」と思ったのでは??。この坂本先生には


     


、今や世界有数の企業となった韓国のサムスン電子までもが、社長命でわざわざ静岡のご自宅まで「これからの経営の在り方」について取材に押しかけてくるようになっている。また安倍晋三総理も先生の著書を読まれ、ある人たちを官邸に招待されたという。後日詳細に就いて記すことにしよう。手嶋整骨院も「日本一大切にしたい会社」の一つと思う。先


     


生の考え方、哲学が素晴らしい。おまけに料金も800円前後と極めて良心価格だ。着くなりバッタリOさんと出会う。3年ぶりか?。Oさんご夫婦にここを紹介していたのだが、随分と調子が良くなって満面笑顔で「ヤマシタさんのお陰です」と感謝された。「あれからずっと毎月のように来ているんです。安心料です」と。何と、聞くところによると、5才の頃落ちて頭を打ってからずっと頸椎の痛みに悩まされ続けたという。60年近くもだ。それが



     

解消したのだから天にも昇る思いであろう。それこそ「藁をもつかむ」思いでありとあらゆるところへ、訪ね歩いたことだろう。「この方、飯塚から来られたんですよ」と紹介された。「いろんな人に紹介しているんです。みなさんからとても感謝されて」と。人生において人様から喜ばれ感謝されることほど嬉しく生き甲斐を感じることはない。肝心の私は、「あら、ヤマシタさん、ほらご覧なさい。こう曲がってるでしょ」と。また調整していただいて一安心。

282930日のありがとうございます142001920013800回。Café昭和の時代


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 維新の党の橋本、松井両氏が離党することに。自らが作った政党を離党してしまう。何とも滑稽というか情けないというかコメントのしようがないほど呆れ返っている。ちょっとした内輪もめで離党??、そして解党へと雪崩を打って転がり落ちていくの??・・・一番喜ぶのは誰だろうか???野党が結束しなければならない非常事態時に。なんたること



か??子供の喧嘩じゃあるまいし。「政治家」と名乗る人たちの何と「」の低さに失望してしまうのは私一人ではなかろう。「この国をどうするのか?」、100年の大計を持って己の使命に燃えて立つ、それが政治家の職責であろう。「誇り」も何もあったもんじゃない。それに比べると、千ヒロさんのお父さんは「」を持っていた。仕事に「誇り」を持ってい



た。アイエスニュース119で紹介した「男は黙って勝負する」のお父さんもそうだ。とび職という仕事に「誇り」を持っていた。ある中学生の作文から・・・父親の休日は決まっていなかった。雨の日以外は日曜日祝日もなく、決まった作業服に、汚れた古いオンボロ車を運転して仕事に出かける。仕事が終わると頭の先から足の先まで、泥や垢で真っ黒になって帰り、帰

るなり玄関先に、先ず衣服を脱ぎ捨てて、褌(ふんどし)一つになって風呂に飛び込むのが日課



である。小学校の頃、日曜日になると近所の子供たちは、決まって両親に連れられて買い物や食事に、楽しそうに出かけていき、僕らは羨ましく思いながら、それを玄関先で見送ったものだ。はしゃぎまわって出かける友だちの後ろ姿をじっと見つめながら「みんな立派なお父さんがいていいな」と、淋しく涙がボロボロと流れることが幾度もあった。・・・つづく

23242526日のありがとうございます1130016000168007800回。Café昭和の時代



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公園の銀杏の木が丸裸同然になっている。強風で生い茂っていた葉っぱが吹き飛ばされたのだ。まだまだ被害報告が入ってきていててんやわんやである。業者にも限りがあり、緊急を要するところから順次修理に入って貰うことになるだろう。損害を受けた方々本当にお気の毒です。幸いケガなどの報告がないことが不幸中の幸いです。・・・



それにしても、角谷千ヒロという青年、よくぞ思い切って決断したものだ。薬科大学まで行っていたのだから頭脳も優秀なはずだ。そして、今や薬剤師は引っ張りだこというから就職も安泰だったろうに・・・そんな将来の夢を振り切ってでも父親の塗装職人という仕事に就こうという大きな決断。お父さんの「職業に貴賤上下はない」との言葉に魂を突



き動かされたのだろう。そして、「この仕事に誇りを持っている」という自信に満ちた遺言に大きく心を動かされたと思う。塗装の仕事は、確かに塗料にまみれて臭くてきたない仕事かも知れないが、とても難しい専門職ある。センスがないと全くダメだ。建築の仕事にも携わっているから職人の善し悪しがよく分かる。また昔、修理工場にも勤めていたこと



があるので、色の調合は極めて難しく熟練を要する仕事である。補修箇所と周りの色がちょっとでも合わないともの凄くおかしい。車にしても住宅にしても塗装は最後の仕上げの工程だから、その如何によって出来映えが全く違ってくる。お父さんはそこら辺りでの一級の職人としての誇りと評価を得ていたのであろう。それにしてもこの若者が将来を約束された仕事を振りきって臨もうという志に心が打たれる。きっと立派な経営者となるであろう。




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 裏の畑も台風15号で野菜たちがなぎ倒されている。凄い風だったからね。保険請求の事故報告が次から次へと入りてんてこ舞いの一日だった。今朝も朝から電話が入っている。事務所の前の修理工場も大きなシャッターが吹き飛ばされ、取り敢えず応急処置をしてもらっているところだ。こう言うときは保険って本当にありがたいですよね。お役に立つ仕事



39年間もさせていただき、苦労も多かったがこうして喜んでいただけるときがまた一番嬉しい。息子の玄徳社長も一所懸命頑張ってくれている。ありがたいことです。

昨日の続き・・・父さんからもらった三行の手紙は、ぼくの宝物です。「卒業おめでとう。父さんはペンキ屋の仕事に誇りを持っている。命をかけている。千ヒロもそんな仕事に巡り合ってほし



い。職業に貴賎なしだよ」。 父さん、ありがとう。ぼくは薬剤師を目指して薬科大学に行きましたが、どうしても父さんの跡を継ぎたくて、大学を辞める決意をしました。父さんが死んでからは、母さんの仕事も激減し、抜け殻のようになっています。今日は父さんの命日です。ぼくの決意が正しいかどうかはわかりませんが、明日から母さんと一緒に現場に出ます。父さんの分





まで、母さんに孝行するつもりです。父の志を 受け継ぐ心 素直に。・・・やっぱり打ちながら泣けてくる。「この父にしてこの子あり」。親の背中を見て子は育つ」。私も息子が自分から跡を継がせてくれと言ってきた。それだけで十分嬉しかった。とにかくお客様に喜んでいただけることだけに全力を注いで欲しい。結果は後から付いてくる。父の仕事と言えば、アイエスNEWSの「独断&偏見119号にも「男は黙って勝負する」を想い出す。・・・



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 今朝は朝から台風で凄い風と雨が窓ガラスをたたきつける。久しぶりの北九州上陸だが速度が速く割と早く通過しそうだ。それでも台風の被害報告が入ってきている。手分けして現場に行かなければ。「大難を小難に、小難を無難に」を念じつつ・・・ありがたい、ありがたい、ありがとうございます。以前広島の森田さんが送って下さった「スマイルニュー


    


」。何度読んでも涙が溢れてくる。「決意の日」父さんへ・・北海道角谷千飛路さん

「父さん、恥ずかしいから参観日に来ないで!」。小学校最後の父親参観日を拒んだときの父さんの悲しそうな顔は、10年経った今でも僕の脳裏に焼き付いています。僕は塗装職人の父さんを恥ずかしいと思っていました。ペンキだらけの顔に、ガサガサの手、シンナーくさい車。そのす


     


べてが大嫌いでした。僕が風邪をひいても、母さんと二人で現場に出て、朝早くから夜遅くまで、休みなく働き続け、オマケに冬は出稼ぎで本州へ行く。ぼくは淋しくて、父さんと母さんの苦労も知らず自分勝手に反抗していました。自分のいたらなさを親のせいにして、家出もしました。あの日、「もう家には帰らねぇ!」と睨み付けたぼくに、「ちゃんと飯食ってるのか。風邪引い

     

ていないか」と、父さんは笑顔でした。殴られると思っていた僕は拍子抜け。こぶしのやり場に困りました。父さんが膵臓癌で余命一ヶ月と告知された日も、ぼくは家に帰らず、遊び歩いていました。父さん、ごめんなさい。なぜ反抗したのか、自分でも理由が分かりません。父さん、会いたいです。話したいことが沢山あります。孝行したいときに親はなし、と言いますが身に沁みます。高校の卒業式に、父さんからもらった三行の手紙は、ぼくの宝物です。・・・つづく