2958

 私が尊敬する作家、特に中村天風先生のことを多く紹介され、自らも先生が悟りを開いたヒマラヤの第三高峰カンチェンジュンガの麓ゴルゲ村まで行って、天風先生が悟りを開いた岩の上で座禅を組み疑似体験され、天風先生になりきってそのときの思いや感じたことを小説にされている神渡良平先生は「養心の会」の精神的支柱だった。4年前に八幡のレインボ



ー会館での講演の後、主催者の石丸さんが奇しくも先生と同じ脳梗塞で倒れ、15年以上続いた「養心の会」も幕を閉じることに。石丸さんは、必死でリハビリに取り組み、左手で字が書けるまでになっているが車いすは離せないようだ。神渡先生は、さすが九大の医学部に進学しただけあって、まあこれも縁というのか良き師匠に出会い脳梗塞などになった



ら一日でも早くリハビリを開始すれば、“違った脳神経が迂回して繋がることがある“ということを信じ、担当医たちが制止するのを振り切ってリハビリに心血を注いだ結果、見事社会復帰を果たしている。だから尚更、奔馬性肺結核で死の淵を7年間もさまよった挙げ句、医療の進んだ先進国ではない、むしろ何もない原始的な大自然の中から悟りを開き見事蘇




生された天風先生には引かれるものがあったのではないだろうか。先生は、その後も何回も当地を訪れ、天風先生の本を書かれていて、最近では愛好者を募ってツアーもされている。またまた話が飛んでしまったが、この「養心の会」で本当に多くの本物に出会うことができた。郷田先生も本物中の本物の教師だった。随分と教えを頂いた。・・・続く

2957

 郷田豊先生との出会いは、平成3316日に「ワインにクラッシックがよく似合う」という冊子を自費出版したことに始まる。これを恩師小原清伍先生が退職後務めていた九州女子短大の同僚である教授の郷田豊先生に読んで貰ったそうで、早速「学生の教材として使いたいので」と、言うことで数十冊お送りしたことに始まる。なお、余談ではあるが、丁度そ



の頃末吉興一市長にも送っていたら、秘書課から「市長がこの本をぜひ部長級職員に読ませたいので分けて欲しい」との電話が入り30冊ほどお送りしたことがある。なぜかというと、北九州市の現状と、高齢社会への警鐘とあるべき姿などについて記していたからだろう。まあ、それはともかくとして、その後「まちづくりネットワーク北九州」を立ち上げる切っ掛



けとなった「第一回まちづくりサミット」を企画したときに、郷田豊先生を講師としてお招きし大成功に終わらせたことからご縁が深くなっていった。もちろん九州では初めての企画だけに各マスコミの取材は大々的に行われた。その後、これもご縁というのか、石丸龍さんが主催する「養心の会」の講師としてお招きされ、教員生活のお話や、少年志願兵と




して知覧の特攻隊に従事されたときのお話などを伺って、ますます尊敬の念を深めていくことと相成った次第である。またまた横道に逸れるが、石丸さんの「養心の会」は、毎月サンスカイホテルで、全国から素晴らしい講師の先生をお呼びして、講話を聞き、会食での懇談などに、殆ど欠席なしで参加したおかげで全国に沢山のご縁ができた。お掃除の神様の鍵山秀三郎先生、そしてその弟子の大下英勝社長も会の中心人物だった。・・・続


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 凄いことを発見。毎朝、掃除などを終え、神棚に手を合わせ日々の感謝を申し上げた後、自己宣言や呼吸法の後、足上げ運動そして、ラジオ体操をし終えるのがほぼ630分。

そのラジオ体操をしているとき、何気なく目をやると、寒い中、必死に生き抜いて深紅色のつぼみを付けていたシンビジウムを事務所に入れてカウンターに置いて日々眺めているの



だが、「あれぇ??」。そのつぼみがどうも、「昨日は右方向に向いていたはずなのだが・・・勘違いかな??」と思って写真を撮ることにした。そうするとやはり案の定翌日は左を向いている。また翌日は右だったり、まっすぐだったりしている。もの凄い感動を覚える。「こんな花ですらしっかり自分の意志を持って右を向いたり左を向いたりするんだ。凄いなぁ・・しか

 



し、どんな風にしたらそうできるんだろうか??。だって一本の茎がねじれている訳じゃないし・・・」。実に自然の生態はふしぎである。ハヤトウリにしても、半分に切って水素水に漬けているだけで、どんどん芽が出て茎が伸びて、青々とした葉っぱまでつけている。根までどんどん伸びてきて渦巻いている。ニンジンさんだって凄いぞ。可愛い葉っぱを茂らせて訪れ



る人たちに、「わっ!!凄い。可愛い、生きる元氣をもらえるね・・・」と喜んでいただいている。みんな生きるために最大限に知恵を使い、最大限の力を使っている。人間様も負けてはいられないぞ。そんな感動の心を教えて下さった郷田豊先生の「慟哭の雨」の詩が、15年前からトイレに飾ってあって赤茶けている。先生が知覧の特攻隊員として生死の一線をさまよった、その知覧を訪れたときに書かれた詩である。先生には沢山のことを教わった。・・・続

12日のありがとうございます166009700回。2月号計368600回。累計40043700


2955

 21日の「中井さんの追悼うたごえ」、そして28日の「32回うたごえ」と二週連続の雨にも拘わらず、沢山のうたごえファンが詰めかけ、約1時間半しっかり楽しんで下さった。いやあ、実にありがたいことです。相も変わらず沢山の差し入れでまたまた余ってしまいました。おいしいたこ焼きを「温かい内に食べていただこう」と、できるのを待ってタクシ



ーで乗り付け、帰りもまた雨のためにタクシーで帰って行かれたY.さん。おいしいの何のって、こんなおいしいたこ焼きは初めてだ。またもや大家さんが、昔懐かしいサツマイモ入りのだんご汁を振る舞って下さった。もちろん完売。毎回海外旅行のお土産を持ってきて下さるKさん。今度はバルトのおいしいチョコのお土産を。何と46回目だ。凄いですね。し



かし、荷物になるのにわざわざ私たちのために・・・何ともこの心遣いがたまらないね。

今回も遠方からやって来て下さった。遠くは行橋の先犀川町から。前回、中井さんの追悼うたごえが楽しかったのだろう、お友達に話したら「一緒に連れて行って」と言うことで車を飛ばしてきて下さったKさんたち。そして筑前琵琶の山口旭江先生が5人も誘って下さり、




戸畑、若松、門司からと。ありがたいですね。なんと市会議員の長野さんも。氏は、とても音楽が大好きで自らも楽器を演奏されたり、昔は良くうたごえ喫茶にも行かれていたという。「これからもできるだけ参加させていただきます」と。なかなか人柄の良さそうな方だ。我らがエース、「流れゆく雲」の宮崎さん。「4度目の手術を終え、無事帰還しました」と皆さんに報告を。万雷の祝福の拍手に包まれた。まさに帰還である。よかった、本当に良かった。

25262728日のありがとうございます12100100002000021800回。1月計368600回。

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 「今日は、久坂玄瑞のお話を聞きに行く日だ」と思いながら背広を着ていて、ふとお尻に手をやったらなんだか可笑しい。ズボンのお尻の部分が薄くなって下着が透けて見える。「あちゃー、これ知らんでずっと履いていたんだ・・。えらいこっちゃ」。慌てて代わりの背広を探すがない。昨日クリーニングに出したばかり。昨年買った背広の上着だけがあり、ズボン



が帰ってきていない。他にも買ったばかりで気に入らないで着ないでいたやつ二着は家内が「着らんのやから捨てたよ・・」という。と言うことは着替えが一着もないということ。で、急遽紳士服のはるやまに買いに行くことに。近くにあって良かった。「急ぐんですが夕方までに仕上がりますか?」「4時でしたら大丈夫ですよ」と若いがなかなか親切な店員さん。



助かった!!。ありがとうございます」と言うことで、恥をかくことなく6時から始まる毎日会館での「北九州文化懇話会」主催の久坂玄瑞の講話へ出かけていった。60名ほどの方が詰めかけていた。代表の馬渡博親さんのご案内で、初参加である。下関中央図書館館長の安富静夫さんの講話である。その前に故村田英雄さんの秘書をされていた本田英海



んのお話に興味をそそられた。村田英雄さんは八幡で生まれたそうだ。そしてご両親の為に穴生に自宅を建ててあげ、最晩年は自らも穴生にマンションを買って住まれていたという。知らなかった・・・印象に残ったのは、吉田松陰の「留魂録」、この世にたった一冊しかないものの写しを回覧で見せていただいた。「天下のことを成すは、有志の士の志を通ぜざるは得ず」とある。ひとえに「」の高低がすべてを決すると言うことであろうか。



2953

 面白い話しをされていた。お寺の近くに前川清さんにそっくりな、馴染みのおじさんと出会って、「寺のご住職さんですか?」とか、いろいろ聞かれる。「可笑しいな、このおじさん私のこと良く知っているのに・・・。と不思議に思っていた。どうもロケ隊のようで今から自分のところに来るという。それで先に帰って家人に伝えようと、前川清さんという人が来るそうよと



いうと、母は興奮気味で大はしゃぎ。丁度雨が降ってきたので、“♪♪北九州は今日も雨だった・・”と姉が歌って大笑いです。それで、初めて歌手の前川清さんと言うことを知りました。“旅スキ”という番組だったんです」と。29才??、あの前川清を知らない??時代の違いを痛感させられるね。「僕は子供の頃からテレビを殆ど見なかったので、前川さんの存在すら知りま



せんでした」と。彼は平尾台の麓の井手浦という山あいの淨泉寺というお寺で育った。そこから、朝の6時過ぎには石原駅からJRに乗って小倉北区の愛宕・名門小倉高校に通っていた。石原駅まで徒歩で50分以上かかる。お母さんが弁当を作って駅まで送ってくれる。野球部の練習で家に帰り着くのは夜の12時。あまり上手でなかったのでみんなの練習が



終わって、それから自主トレが始まる。それが一番楽しかったという。弁当は一日5食。お母さんは3年間も本当に大変だっただろうね。母親の見返りを求めない愛は山よりも高く海よりも深い。そんな毎日から根性が座ってきたのであろう。お坊さんになるためには、本山での荒行がある。これに耐えきれずに逃げ帰る人もいる。この難行苦行を乗り越えて初めてお坊さんになれる。だから我々のような半端な根性じゃない。年齢じゃないですね・・


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 昨日は、「お坊さんとの対話シリーズ」の第一回目本番。午後2時から、皆さんの都合に合わせて入れ替わり自由で、6時まで楽しんでいただいた。普通は、お坊さんとの対話なんて言ったら「抹香臭い話し」だと思い敬遠されがちだが、喫茶店など出前説法をずっとやってこられているから、聞く側を退屈させない話法は実に素晴らしい。「門前の小僧」ではな



いが、小さいときからお寺で育っているだけに、年齢を感じさせない法話の術が自然の内に身についているのかも知れない。何よりも「宗教界の現状を変えないといけない」と強い使命感に燃えているから、聞く側もその熱意が伝わってくる。しかし、決して力みがある訳でもなく、幅広い質問にも懇切丁寧に、見事なまでの受け応えをされていて頭が下が



る思いだった。「4時間も長時間ご苦労様でしたね」とお礼を言うと、「いやいや、まだまだ全然話したりません」と驚きだ。よくもまあ、これだけ多くのことを勉強されたものだ。まだまだほんの一部と言うから底知れぬ懐の大きさを携えている。私が29才の頃はどうだったか??そうだね、結婚して2年目くらいで、まあ仕事は一所懸命やってはいたが、野



球にうつつを抜かし、夜な夜な出ていっては酒を浴び遊びまくっていた毎日だった。いやあ、本当にお恥ずかしい。そして彼はとても謙虚だ。「私のことをご住職なんて呼ばないでください。ナベちゃんで結構です。それがダメだったら渡邉さんでも宜しいです」と。どこかの政治家さんたちとはえらい違いだ。この謙虚さが最も大事である。特に法を説く者は・・・

2324日のありがとうございます10900回、11100回。ギャラリー&ライブCafé昭和の時代


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 20日のつづきより・・・関西の名だたる高僧たちが高級車を連ねて超一流の料亭にやってくる。居並ぶ宴席の高僧たちが山田バウ(和尚)さんに、「あなたの活躍は素晴らしい。今日は、そのねぎらいのためにお招きしたので、ご苦労の様子などを聞かせて欲しい」と長老が挨拶した。山田バウさんは、この居並ぶ高僧たちの頭を叩いて回った。こんなことを平気でで



きるこの人の凄さ。権力や名誉などには全く拘泥しない突き抜けた精神性を持っている。それはお話を聞いていてその姿でも良く分かる。全くてらいがない。真実を淡々と話されるから。「あなたたち、そんな贅沢をする暇があったら神戸に来て何で自らその肉体を駆使してお手伝いしないのか。それが宗教者の本来の姿ではないか」と一喝された。凄いですね。



やりますね。さすがに高僧たちだ。おつむを叩かれても文句一つ言わなかったそうで、「あなたのおっしゃるとおりです。申し訳ない。何かお手伝いできることがありましたら何なりとお申し出下さい」と言われたそうだ。日蓮聖人は、権力に立ち向かっていった僧侶として新渡戸稲造の「代表する日本人5名の内に名を連ねている。龍ノ口の法難のように斬殺の危機




にもビクともしなかった。中村天風先生は、ロシア軍から死刑を宣告され銃殺の寸前まで、「鉄砲の弾がちゃんと当たるかどうか確認して死ぬので目隠しは不要」と言ってロシア兵たちを驚かせた。お国のために死んでいくことを誇りとされていた。今の僧侶や政治家たちにこの覚悟があるのか・・・極めて疑問符が残る。渡辺さんは覚悟ができているからこのようなことにチャレンジしていると思う。下手をすると宗教界から圧力が掛かることだってあろう。嫌がらせもあるだろう。でも己の信じた道を貫こうとする覚悟が素晴らしい

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 土曜日は、中井勝典さんの「追悼うたごえ」には、彼の小中学校の同級生を中心に総勢31名が集まり、在りし日の彼を偲びビデオを観ながら涙し黙祷を捧げた。うたごえは、彼の大好きな曲ばかり13曲を心をこめて歌い上げた。また、山口旭江先生の琵琶の演奏、楠根圭子さんの三味線でおてもやんを、針尾清さんが「昭和の時代」を熱唱し、最後は同級生



のリクエストで「朧月夜」を起立して手を繋ぎ合唱した。その光景を見ていて涙があふれてきて仕方がなかった。みんなの級長が居なくなった堪え難き寂しさがしきりと感情移入されてくる。それほど彼は人々に愛され続けた70年間だった。天国できっと喜んでくれていると思う。まあ、そのうち遅かれ早かれみんなそっちへいかなければならないのだからね・・・



明日から始まる「お坊さんとの対話シリーズ」に、ちょうどおあつらえ向きの新聞記事を家内が切り抜きをしてくれた。なんとまあ、僧侶が無免許運転でしかも飲酒運転で逮捕されたそうだ。それも運転免許取り消しの最中にという。警察官や学校の先生、公務員などがニュースをにぎわしているが、まさか坊さんまでもが・・・暗澹たる気持ちになる。



人様に生きる道を説く人間たちがこのありていである。これでは世の中が良くなるはずがない。政治家は公約を平気で破り平然としている。弱小の一市民が違反すればすぐに罰則を受ける。僧侶は人の道を説きながら栄耀栄華をむさぼる。こんなことが許されるわけがない。渡辺晃司さんは、この形骸化する宗教界に一石を投ずべく立ち上がった。・・・

19202122日のありがとうございます8900148001710018400回。昭和の時代


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 昨日は、恒例のめだかの楽幸・堀木教室。珍しく開始時間には全員集合。しかも新人さん一名、飛び入りさん2名と嬉しいスタートとなった。いつものように皆さんに食べていただきたいと、沢山の真心の差し入れ。この真心が人々を喜ばし、また自らの心を豊かにしていく。「会費まで出して勿体ない・・」と思う人もいるだろうが、ふしぎなるかなここにはそ



んな人は一人も寄りつかない。一度寄りついても臭覚が拒否して二度とやって来ない。目には見えないが人間にはふしぎな嗅覚を備えている。こんなところが神様の分け御霊と言われる所以であろう。ご案内で24日(火)午後2からの「お坊さんとの対話」のチラシをお配りした。興味のある方は来ていただきたい。講師の堀木先生がこんな話しをされた。「



間で一番大事なのは哲学で、最も高いところに位置する。その下に、右に“思想”左に“美学“そしてその真ん中に”心“。”心“=”宗教”がある。心にプラス①が身体です」と。宗教は人間の生活にとって重要な役目を負ってきたことは確かであるが、いかんせん人間の集団である。人が三人集まれば組織ができる。組織ができると必ず権力争いが起きる。力の強い人間が




統治を始める。そして強固な力となっていき腐敗が始まる。そしてまた争いが起きて分裂していく。女人禁制のはずの比叡山延暦寺が織田信長に焼き討ちにされたときに女人が何百人とあぶり出されてきたという。だから宗教の腐敗は今に始まったことではない。先般、神戸大震災のおりに大活躍した山田バウ(山田和尚)んが亡くなられたが、氏の講演を聴いたときに、京都の超一流料亭に関西の名だたる高僧が集まって山田さんを慰労されたそうだが、そのときの様子を語った内容が未だに頭から離れない。最高級の名車を連ねて・・・・