3009

 「スマイルニュース」という素晴らしい自分誌がある。このニュースの中にこういう記事があった。東京都に5万台あるタクシーの中でたった一台だけ車内に「生け花」を乗せて走っているタクシーがあるそうだ。登場人物の鈴木さんは個人タクシーを開業したのは昭和48年という。「おしぼりを出そうか」「コーヒーを出そうか」と、お客様に何かよいサービ




スはないものかと思案していてふと閃いたのが「生け花」である。運転席と助手席の間の僅かな空間に水盤と剣山を固定して花を生けると、後ろの座席からお客様が楽しんでくれるはず、とそう思った。それと、水盤の水を一滴もこぼさず走ったら、運転のうまさと安全性の証明になるとも思ったそうだ。「生け花」なんて全くの未経験ではあったが、迷うこ



とはなかった。花の仕入れは近くの花屋さんに決めた。店の前に立つと、「今日は私を飾って・・」「私は後でいいよ・・」などと花たちが語りかけてくると言う。その花たちの声を聞きながら、一輪ずつ水盤に挿していく。そうこうしていると鈴木さんはあることに気付くようになる。“花には人の心を開き、口を開かせる力がある”と。「この花は死んだばあさんが好




きだったんだよ・・」とか、「今の会社辛いことばっかりでねぇ・・」とか、「これ、本物の花?」「うそ~、そんなわけないじゃん・・・」と語り合うカップル、エトセトラ。「言うは易く行うは難し」、なかなか出来るものじゃない。恐らく東京だけではなく日本全国探してもそうめったやたらと「生け花タクシー」はあるもんじゃない。第一運転が大変だ。普通の運転でも大変なのに、タクシーともなると、やれ、「急いでいるからぶっ飛ばしてちょうだい」・・・


3008

 永年のお客様で個人タクシーをしている女性がいる。女性で個人タクシーも珍しいが、なかなかのポリシーの持ち主だ。もういい加減のお歳だと思うが元気溌剌、しかも低料金を押し通している。「ヤマシタ社長、この前テレビに出たんですよ」と。低料金をやり通すのも大変だ。でもお客にとってはありがたい。彼女、お得意の漬け物をたんまり漬けて常連のお客様に配っている。だから固定客がたくさんいる。これなんだね、やっぱり。




あの古川さんも、遠距離のお客様のために高速料金を月に3万円ほど自腹を切っているという。また、あるホテルからお客を乗せた。夜の細い道は渋滞していてなかなか進まない。しかも行き先は近距離。しかしながら「メーターは大通りに出て倒します」という。「あんたが損するだろう」「構いません、ろくに走っていませんから」。このお客は大層感激して、「お釣り



は取といてくれ。後から家に帰るので又迎えに来て」と言って降りていった。約束の時間に迎えに行くと、何と自宅まで15000円の遠距離だ。そのお客は医者だった。それから毎週水曜と土曜日は送り迎えを頼まれることに。そんな古川さんの売上は、毎月100万円以上。歩合給で55万円を下ったことがないという。700台以上ある台数の中で100万円以上の売




上はたったの4名だけという。この古川さんの原動力は、お父さんの教えの「人にいいことすると、絶対に自分に返ってくる」を守っていることにある。まさに「情けは人の為ならず」である。ただ、大事なのは実践し続けるか否かである。この体験談を会社の研修でもしているそうだが、「よし、俺も!!」とやってみる人が殆どいないという事実もある。

111213日のありがとうございます20600950020700回。 Café昭和の時代


3007

 昨日は、先般一ヶ月に亘って絵画展をしてくださった末廣章画伯が主宰されている「九州全展」が北九州美術館でオープンしたので、「真宝の水素水」を手みやげにお伺いした。すずめの楽幸(うたごえに、毎回のように来てくださる白浜さんも出展されていて、「月の砂漠」と「農家の野焼きの風景」がとても良かった。又、ちょくちょくお出でてくださる恵


   

本さんも二点ほど出されていて、この作品も又素晴らしかった。この方は80を過ぎているが極めて元氣、特に精神力が元氣で、「絶対に病氣には負けない」「痛いと言ったことがない」「薬は絶対に飲まない」という強い強い信念を持っておられ、まさに哲人・中村天風先生の教えをそのまま実行されているようなお人である。これまた偶然というのか、必然とい


   


うのか私と同姓同名の山下徹さんが奥様と来られ、末廣さんが紹介してくださった。以前にも聞いてはいたがご対面となると、これまた滅多にあることではない。74才、中間市にお住まいで自治会長さんやボランティア活動を熱心になさっておられるとの由。(ご本人からではなく第三者の弁)、世の中、生きているといろんなことに出会わされますね。いいことも悪いことも。「これ皆必然なり」。一旦店に帰って水素水生成を仕込んで、今度はリ

   

バーウオークの市民ギャラーへ。「海峡の風」のグループ展があっていて、メンバーの皆さんが時々お出でてくださるので、これも顔つなぎ。めだかの楽幸の塾生・中井冨貴子さんも作品を出展していて、彼女独特の抽象画であるがなかなかの出来映えだ。是非うちでも作品展をやってもらいたい。今日か明日にはシャンソニエのメンバー江崎ヤス子さんの素描展にも顔を出そうと思っている。彼女は裸婦一本で何十年。凄いですね。やりますね。

3006

 昨日、届いた「龍門司焼」をぬるま湯によく浸し、乾燥させて棚への飾り付けをした。その最中鹿児島の川原史郎さんから電話が入り、「トオルさん??この度はありがとうございました。お見えになると言うことで楽しみにしていましたがとても残念です。今度は必ずお出でてくださいね。待ってますよ」と。鹿児島県の無形文化財に指定されているこの龍門司焼




彼は私とほぼ同年代の団塊世代で、この企業組合の理事長をしている。父親の(みつ)おじさんも理事長をしていたので跡を継いだ形になっている。光おじさんは、祖父(母の父親)静蔵じいさんの8番目の末弟で、当時早稲田大学を卒業してもなかなか良い仕事がなく、郷里に帰ってきて「焼き物でもするか」といってこの道に入ったそうだ。元々この龍門



司焼は、江戸時代から300年以上続いている伝統工芸で、一兵卒から理事長まで登って行くには並大抵の苦労ではなかったと思う。結婚前に一度訪れたことがあるが、曾祖父仲太郞西郷隆盛と昵懇の仲で、西南の役の時にこの屋敷が戦場となり県の重要文化財に指定されているが、家屋の中もその傷跡が痛々しく残っている。その後もずっと守り続けてく




れ、史郎さんがそれをまた守ってくれている。本当にありがたい限りです。実は、この5月が結婚39周年で、39(サンキュー)の意も込めて二人で行くことになっていたのだが、あいにく家内の調子が芳しくないと言うことで急遽取りやめ、商品だけを送って貰ったのである。家内には窯元もそうだが、この屋敷を見てもらいたかった。又があるだろう・・・

私は、この黒の本体に白味のかかった薄緑色の釉薬の垂れ具合が大好きで、コーヒーカップ、湯飲み茶わん、木っ端皿を揃えることにした。チョカ、盃などは以前買った物である。



3005

 お迎えの際には、紅茶とコーヒーのペットボトルを後部座席に用意しておき、「お好きな方をどうぞ」という。彼はこう言っている。「一般の運転手は大きな勘違いをしている。会社から給料をもらっているのではない。我々は自営業者なんです。お客様を大切にしなければお金は入ってこない。500円の初乗りのお客様だと、信号三つか四つで到着してしまう。その短い



時間が勝負。如何にその間誠意を尽くし、好印象を抱いてもらえるかが勝負なんです。そのご縁が“名刺ちょうだい”に繋がるんです」と。「私は10名の内7名は名刺を渡します。もちろん自腹で作ります」とも。さらに「目先のサプライズばかり(遠距離のお客様)狙っている人は、結局一年を通すと成果は上がっていない。やっぱりコツコツが一番です」と言われている。そ



うなんだよね。やっぱりコツコツしか方法がないんだよね。その中に如何に想いをしっかり入れ真心込めて仕事に打ち込むかなんだよね。結果なんてそんなにすぐには出るもんじゃない。しかし、そこで諦めていたらすべては終わり。辛くても苦しくてもコツコツコツと己の信じた道をまっしぐら突き進むしかないんだ。もちろん成果はその人の度量というか




の大きさに正比例するようだけど、それはそれで素直に受け止め、更に高みを目指して自分なりにコツコツ進んでいけばいい。みんながみんなそうなる分けじゃない。余り大きな期待をすると失望も大きい。この持って生まれた度量の大きさ、器の大きさというものは如何ともし難いものがあることも確かだ。私なんかもこの「度量」「器」の大きさに悩まされ続けてきた。「どうすれば??」と必死で考え、知り得たことは即実践してきたのだ が・・・・???8910日のありがとうございます91001150020900回。昭和の時代


3004

 今、中国から日本にたくさんの人たちが観光旅行と称してやって来ているが、その殆どは「Made injapan」の商品を買いに来ている。もの凄い数の商品が売れていて、品薄状態になっていると聞く。中国の人たちは、自国の商品を全く信用していないようで、特に食品などはその例の最たるものである。先日、中国のお土産といって頂いていたポケット瓶のブ



ランディーをちょっと飲んでみた。なんとなくおかしいので明るいところでグラスに注いでみると、あちゃー、ドボドボと真っ黒い汁がしたたり落ちる。まるでドブの水のような何とも比喩のしようのない液体だ。匂いをかいでみると確かにブランディーの匂いはする。しかし、誰が見ても「おいしそうだ」と言って飲む人はいないだろう。このような商品を平


気で売っていて、また知らずに買ってくる人がいる。中国はそのうち自滅するのではないだろうか。日本人も、「人のふり見て我がふり直せ」じゃないが、これを機により一層身を引き締めないと。つい最近偽装事件があったばかりではではなかったか。

6日の続き・・・お店とすれば、お客様に気持ちよく帰っていただきたい。信頼できる人に




託したい。お客様にしても黒タクだとVIPの気分が味わえる。そこで、古川さんはお客様に話しかける。「接待ですか?大変ですね。飲むにも気を遣わなきゃならないし・・・」などと。お客様はこの一言で救われる。そして、眠くないですか? もしよろしかったらご住所教えていただけたらご自宅までお送りしますよ」「そりゃあ助かると家までグッスリ眠れるから喜んでいただける。それが切っ掛けで「古川さんじゃなければ」と固定客が出来てしまった。

3003

 ゴールデンウイーク最後の日、とは言っても昨日も写真展に来てくださったお客様などで一日中忙しかった。と言うことで家内と二人で風見鶏さんへ夕食に。毎回来る度に店内に新しい手作りのグッズが飾られている。最近は貸し切りなども多くてお客様の出入りが頻繁だ。大人しそうな店主だが、お店の改造からすべて手作りで女性客が好みそうな雰囲



氣だ。我が町の名物になって欲しいね。もちろん真宝の水素水は持参です。アルコールを飲むときは絶対の必需品だ。おかげというのか、まずいというのか、ここのところ毎晩のように晩酌が続いている。缶ビール一本(小→大)飲むのが楽しみになっている。もちろん飲み過ぎることはないのだが、大好きな酒にはどうしても夜になると向こうから寄っ



てくるんだね。「分かっちゃいるけど止められない。ホレ、スイスイ、スーダララッタ、スラスラスイスイスイー・・・」とこう来ちゃうわけだよね。とにかく水素水を飲み始めて一年を超したが、殆どお酒も飲めなかった私が不思議なくらいだ。ありがたいね。もちろん病院には全く行っていない。220以上あった血圧だって薬も全く飲んでいない。そうそう、この前広島のお



客様がこの水素生成器を買って下さったのだが、ご主人が食道癌で何も食べられないどころか水でさえも喉を通らなくなっていて、この水素水を送ってあげたら「ふしぎですね。このお水だけは飲めるんです」と言われ何度かお送りしていた。しかし、いよいよ寿命も尽き天国へ召されたが、この水素水の良さを体感された奥様が、ご自身の健康を考えられて「欲しい」と言ってご注文を下さったのだ。ありがたいね。良い物は必ず広まっていく

456日のありがとうございます19000165006200回。ギャラリーCafe昭和の時代

3002

 410日の続き・・・じょっぱり(意地っ張り)の古川さんは、普通の人が速くても56年掛かるところをわずか2年で、無事故無違反、お客様からのクレームゼロ、成績優秀、この3点を見事クリアして黒タクに乗れるようになった。その秘訣は・・・名古屋に錦3丁目という夜の繁華街がある。深夜12時を過ぎると、クラブやスナックのお姉ちゃんたちが乗り




込んでくるが、タクシーは数珠つなぎで並んでいる上に、この女性たちには運転手は誰も乗せようとしない。なぜならば、さんざん並んでやっとつかんだお客がワンメーター500円では仕事にならない。夜のお姉ちゃんたちは交通費が掛からないように近くに住んでいるからだ。小倉にもあったね、そう言うところが。今では閑散としているようだが・・・



表の通りで流しのタクシーを凍えそうに待っている。そこで、古川さんは喜んで乗せてあげる。しかもやさしく話しかける。「お疲れ様です。今日は、お仕事どうでしたか?」と。「イヤな客がいてね・・」とポツリ。「それは大変でしたねぇ」。そうすると一気に愚痴が始まる。古川さんは聞き役に徹してあげる。降りる際、「ああ、久しぶりに感じのいいタクシーに乗った




」と喜んでもらえる。そして、間髪を入れず名刺を手渡す。「もしも宜しければ、お困りの時はお電話下さい」と。そうこうしていると、忘れた頃に電話が掛かってくる。「これからお客様をお送りしてくれませんか?」と。聞けば15000円のお客様と言うではないか。喜んでくれた彼女たちが、ママさんに「感じがいい運転手さんがいるのよ」と推薦してくれたのだ。店の外に出ればいくらでもタクシーは並んでいるのに・・・・



3001

 継続は力なり。とうとうこのブログも3000を超えた。0062月から始めているので9年が過ぎたことになる。「10年偉大なり」という言葉があるように、まずは10年目指して笑進していこう。昨日、みやざき中央新聞からお礼状が届いた。増嶋太志さんママチャリで日本一周の旅で、今は山口県のどこかを走っているだろうが、彼のもう一つの大きな役



目は、この新聞を啓蒙して回ることでもある。「一人でも多くの人々にこの新聞を読んで貰いたい」という大きな志があるからだ。私も微力ながら啓蒙活動をさせてもらっていて、心ある方々が購読申し込みをしてくださっていてそのお礼状である。先日も八幡の兄貴が、「この新聞、いいこと書いてるね」と言っていたが、こそっと申し込んでくれていたようだ。



ありがたいね。いずれ近いうちに、「みやちゅう新聞楽習快」を開催したいと考えている。本当に為になることがこうも沢山あるのかと毎回毎回驚かされる。毎日毎日、テレビ、ラジオ、新聞、雑誌等々でイヤな記事ばかりが、眼に、耳に、頭に飛び込んできて日本中がマイナスのニュースで覆い尽くされている。そして、誰もが「もうこの日本は終わりか??



と終末論的な萎縮した社会になっているが、決してそうではない。事件を起こすのはほんの一握りで、それを大きくクローズアップして恐怖観念を植え付けているマスコミの責任は大きすぎると思う。だから、もっともっとこのような素晴らしい人々が日本各地にたくさんいて、人様のために随分とお役に立っていると言うことをもっともっと知って欲しい。楽習快を通して、それぞれが心浮き浮き、ワクワク生命を燃やして欲しいと願っている。

3000

 土曜日は、午前中針尾さんが増嶋太志さんを平尾台へ連れて行ってくれたのでとても助かった。せっかく北九州に来てくれたのにどこも案内できないと思うと、とても心苦しかったのだが助かりました。さすがです。金曜の夜は足立山からの夜景見学にも連れて行ってくれ、「とてもきれいでした。平尾台の羊群原も生まれて始めてみましたので感動しました



と喜んでくれた。さあ、いよいよ出発だ。果物屋のおじちゃんおばちゃんに挨拶にいったら、「おお、そりゃあ凄いね。元気に行ってらっしゃい」と言ってバナナを下さった。昼ご飯を食べに吉川さんのパパさん食堂へ。吉川さんとご主人が大歓迎してくださった。針尾さんが、「11時前に食べたから余り食べられないかも」と話していたが、何のなんの、ご飯をお



代わりしたから、二人とも目を丸くしていた。ここのご飯は半端じゃやないほど盛りだくさんで、私なんかは「少なめにね・・」とお願いする程なんだけど。若いっていいね。吉川さんが、斉藤一人さんの最新のDVDを見せてくれた。一人さんの幸せになるコツの話で「男はやさしくて、強くて、手が早い。女は、きれいで、やさしく見えて、手が早いこと」に、み




んな大笑い。落語家よりおもしろい一人さんって本当に大人物だ。そう言えば店に入ってくるなり「あっ、天風先生のご本がある」と。ちゃんと勉強しているんだ。ご飯も頂くとき両手を合わせ「イタダキマス」と頭を下げて。どれだけの人間がちゃんと言えているだろうか???。いよいよ次の目的地下関に向けて出発。自転車を大きくこいで立ち去る後ろ姿を見送っているとなぜかしら自然と涙がにじんでいる。ああ、人生一期一会なり。

123日のありがとうございます70002200021100回。4月合計413200回。累計40853400