朝5時半起床。ホテルの窓から外を見ると雨。


ただ気温が高いから雨でも大丈夫かなと思いながら、

早朝からおにぎり2個とパン1個でエネルギー注入。


夜は7時間、十分な睡眠が取れました。



今回は大川のRUN仲間5人で来ていましたが、所属しているアミノRCからも

10人ほど参加されています。



スタートは8時半。


7時にホテルを出て、スタート会場へ向かいます。


今回は雰囲気を楽しむだけと思っていたので、特に緊張もありません。


スタート地点で、アミノRCのメンバーの数人とも会いリラックス。



スタートは本来Bブロックでしたが、Bブロックだとおそらくキロ5分~5分半程度のペース。

今の僕にはついていくことできないので周りに迷惑をかけてしまいます。


そのため、一番後方のFブロックからスタートすることにしました。



8時半、いよいよスタート。


今回はとにかくキロ7分で行こうと決めていましたが、集団のペースがちょうどキロ7分。


ばっちりです。



最初の折り返しの手前では、そばに住んでる義母の弟さん家族とヨメのいとこの応援を受け

快調にゆっくりと走ります。


このくらいのペースなら、息もまったく上がらないし心拍数の心配も不要。


折り返した後順調に走っていきますが、15キロを過ぎたあたりでひざ周りの筋肉に

明らかな疲労が出てきました。


さすがに走りこんでないから、それほど先には行けないかな~



16キロ、スタート地点に戻ってきました。


もともとリタイアするつもりだったところですが、

「もっと行こうか?やめようか?」「もっと行こうか?やめようか?」


迷っている間に通過してしまいました・・・



え~い、行けるとこまで行ってしまえ~


20キロ地点からアップダウンが始まります。


が、不思議なことに足は動いてます。



30キロを越えて31キロ。


昨年、足が止まってしまった場所です。


昨年は、ここから歩いたり走ったりでなんとかゴールしました。


が、今年はペースを抑えていたとは言え、走り続けてます。



きついアップダウンでも歩きません。


いや、ここまで来たら絶対歩くものか!という気持ちが湧きあがってました。



とっくに足は終わってると思っていたのに、不思議に前へ前へと足が動きます。



そしてゴール。


この3か月にわたる苦しみ。


一度は絶望の淵にたたき落とされた、どん底から這い上がることができた!


乗り越えることができた~


そう思うと、あふれる涙を止めることができませんでした。



思わず、思いっきりのガッツポーズでゴールラインをまたぎました。


記録は5時間00分57秒。


今の状況を考えると十分なタイム。



ゴールではアミノRCのメンバーがあたたかく迎えてくれました。


まさか、完走できるとは・・・



自分でも驚きだったし、何より歩かずに最後まで走り続けられたことは

大きな自信になりました。



完治まで半年と言われていた病気がわずか2ヶ月で治ったこと。


それは、走りたいという強い気持ちがあったからだと思います。



人は目標を持てば本当に強くなれる。


そう確信しました!




実は、倍率9.6倍だった東京マラソンに、初めて応募したにもかかわらず当選しました。


大会は2月末。4か月近く練習できます。



今度はしっかり練習してサブ4を目指したいと思っています。


KEEP RUNNING



仕事にRUNに、もっともっともっともっと走り続けます!







挑戦!

ちょうど複視がほぼ治ったのが2週間前の土曜日でした。


その次の日の日曜日は、エントリーしていたシティマラソン福岡。


仲間たちの完走した喜びをFacebookで見せつけられます。



さらに、夜になって行列~を見ると


東野、菊池弁護士、安田美沙子、ノッチが佐渡島トライアスロンに出ていました。


なんか、ウズウズする気持ちが・・・



火曜日、ジムに行きました。


それまでも、時速8キロくらいのゆっくりのスピードでは何度か走っていましたが、


ちょっと頑張ろうかなと。


10キロを49分で走れました。


が、ふくらはぎがパンパンに。 「思ってたより走れるぞ!」



実はこの週末の日曜日は、発病前にエントリーを済ましていたサイクルイベント

ツールド湯平があります。


「出れるんじゃないかな」 「いや、出たい!」


が、ヨメからは猛反対 (そりゃそうだろう)



とりあえず、出れるようにローラー台でのトレーニングを続けました。


しかし、当日の天気予報はドシャ降り。


さすがにあきらめました。(実際、大変な雨だったようですが・・・)



そして、その次の日曜日は、これもまたエントリーしていた下関海響マラソン(フル)です。


「とりあえず雰囲気だけでもあじわいたいな~」と思って参加することに。



スタートして一旦折り返した後、16キロ地点でまたスタート場所に戻ってくるので

そこまで走ろう!


ヨメにもそう言ってしぶしぶ了承してもらいました。



マラソン本番5日前の火曜日。


なにしろ地面を走るのは2ヶ月半ぶり。大濠公園で20キロに挑戦。


が、足がもたず14キロで断念。もうパンパンです。


水曜日は走らず、一旦足の疲れをとりました。


木曜日は、3か月ぶりにアミノバリューランニングクラブの練習に参加。



なんと、フルマラソンを前にして、練習はたったこれだけ。

(まあ、16キロでやめるつもりでしたから・・・)



そして、いよいよ下関へ行ってまいりました!







普段の生活に戻って

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退院した翌日からは仕事に復帰しました。


しかし、複視の状態で車の運転ができないので、朝はヨメに送ってもらいます。

子供を保育園に預けてからなので、出勤は10時頃。


仕事といってもPCの画面を長時間見るのも辛いし、医者からも仕事は

2~3時間までと言われていたので、3時ごろまでが限界。


ちなみに仕事中はずっと眼帯をしていました。



3時ごろからは、会社の隣に作っているトレーニング室で、ロードバイクを

ローラー台にセットして毎日回していました。


最初は30分くらいでしたが、すぐに1時間くらいは続けられるように。


さらに、筋トレ、ストレッチと心拍数を上げないレベルで、なるべく体力低下を

防ぐことと、太らないように。


その後、また少しだけ仕事して、7時10分のバス(田舎なのでこれが最終)に乗って

さらに西鉄電車に乗り継ぎ帰宅という生活。


こっちに帰ってきてからはずっと車通勤だったので、ちょっと新鮮な感じ。


それから、親の苦労は知らず、息子は毎日早く帰ってくる父親がうれしくて

たまらない様子でした。



そんな生活が3週間ほど続き、仕事時間を少しのばしてもよさそうになったので

朝も電車+バス通勤するようになりました。


このころから、明らかに視点の合う距離が延び始めているのを実感しました。


が、実は複視がひどい時は、本当に2つの映像がすご~く離れていました。

そうすると、脳が勝手に片方の映像だけでものを認識するようになってきて、

意外と楽になっていました。


しかし、回復するにつれ、映像が近づくことで、今度は脳が混乱するんです・・・


逆に見えづらい(ノ_-。)



そして、発病から約2ヶ月が経った日。

朝目覚めると・・・  んんん・・・  


あわててバルコニーに出て遠くの景色を見ました。

「治ってる~!」



医者からは半年と言われていたし、ネットで同じ病気の人たちの書き込みをみても

早くても3~4ヶ月と覚悟していたのに、なんと2ヶ月で複視が治ってしまった。



それから2~3日は、夕方になると複視状態が出ていましたが、それ以降はまったく問題なし!


我ながら驚きでした。

やっぱり走ってたのがよかったのかな~と思います。



そして、2ヶ月ぶりに運転も始めました。

自分の車がこんなに愛おしいとは~(´∀`)




退院まで

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調子が良くなってきて、またしてもサボり始めるブログ・・・

いろいろ心配していただいた方々、ホンマすいません(><;)



その後のことをとりあえず報告します。


治療のためのグロブリン投与が終わった2日後には物につかまらずに

立って歩けるようになりました。


そして、次の日からはリハビリがスタート。

リハビリの内容は、まっすぐ歩く練習やバランスのトレーニング。


さらに、エアロバイクや筋トレも行いました。

思ったより運動していいことに驚きましたが、先生が言うには逆に体力が落ちないような

プログラムにするということ。


毎日すこしずつメニューを増やしていき、リハビリというより

まるでトレーニングやってるような感じでした。


治療自体は何もなく、麻痺した神経が治ってくるのを待つだけの状態です。



入院から2週間ほど経つと、バランス感覚はかなり戻ってきて、複視にも慣れたので

一人で病院内を歩き回ることができるくらいになりました。


そろそろ退院できるんじゃないからと期待していましたが、ひとつ問題が・・・


病気は様々な神経に影響を与えていましたが、自律神経の不調から来る不整脈の

状況が心配だということで、また検査することに。


結局、検査の結果は順調に不整脈の回数も減ってきていて心配はなさそうだ

とのことでしたが、まだ当分は心拍数を上げないようにとのこと。



そして、ようやく入院生活23日にして退院することができました。


3週間以上も入院していると、看護婦さんたちとも仲良くなってるから

別れが辛い・・・



入院生活、というよりリハビリでは、よかった副産物もありました。


実は僕は体がめちゃくちゃ硬い。

その上ヘルニアも持っていて、昨年坐骨神経痛が出た時に整形外科の先生に

足の裏側の筋を柔らかくしなさいと注意されてました。


今回のリハビリでも体の硬さを指摘され、毎日午前と午後の2回ストレッチを

やっていただいたので、入院前から比べると驚くほど体が柔らかくなりました。



この時点では、複視だけはまったく改善されていませんでした。

先生からも半年程度かかると言われていたので、心配な気持ちはありましたが

とにかく治ると信じるしかなかったですからね。






免疫グロブリンの投与は終了しましたが、


ずっと寝てたことによる頭痛がきつい。



症状はまだ大きな改善は見られません。



ようやく点滴が外れたので、入院後初めてPCを立ち上げました。


当然のごとく膨大なメールが溜まっています。



複視で画面を見るのがつらいので、


片方の目をガーゼで隠しながらメールをチェックしていきます。


途中、目の奥を鈍痛が襲うので、休みながらゆっくり時間をかけて。



主要なスタッフにも個別にメールで指示を出しました。


と言っても、とにかく計画の数字を達成するために、自分の頭で考え自由にやれと。



これまで、どちらかというとトップダウンでやってきたので、


どうしてもスタッフは僕に判断を仰いできてました。


この機会によって、スタッフがもっと自ら考える集団に育っていったらいいなあと思ってます。