こんにちは、翔大です。
ちょっと前に流行った映画、
バケモノの子を昨日見る機会があって見たんですが、
これめっちゃ面白いですね。
この監督の作品にまたハマってしまいそう。
サマーウォーズ、
時をかける少女を30回以上見ている、
細田監督ファンとしては、
なんでもっと早く観なかったんだバカ野郎・・・
と自分を叱咤したくなりますが、
テレビを封印していた以前の自分だから、
仕方ないと慰めております。
この映画は、
意識世界と物理世界の話で、
どうやって生きる為の強い心を持つのか、
みたいな自立的要素を多く含んだ、
スピリチュアル、意識思考要素もある程度含んだ、
考え深い作品だなぁと思いました。
大事だなぁと思うセリフが1つあって、
胸ん中の剣があるだろうがよ!
ここんとこによ!
胸ん中の剣が大事なんだよ!
というもの。
この作品の肝となるであろう言葉なのですが、
僕自身それを問えば、
あるのかなー、
ないのかなー、
とあやふやですw
個人的にはバケモノの世界は、
主人公の蓮(バケモノの世界では九太)が、
創り出したイメージの仮想世界であるな、
と思いました。
(僕らは実際にはバケモノの世界に行けないですから)
それで現実世界で手に入れる事が出来なかった剣を、
意識の仮想世界で手に入れるまでのストーリーを映像化した、
具象化したものがあの映画の見所だと思う訳です
母親が亡くなり、
父親が行方知れずで、
9歳で一人で飛び出した九太は、
心の拠り所が無いというか、
お金や生活とか物理的な拠り所ではなく、
物事や行動を決定する、
判断するコアな部分が、
ごっそり無かったんですね。
その成長過程を意識世界(バケモノの世界)を経て、
手にいれるという印象でした。
まぁアニメなので、
大きくなるまでの家は?飯は?という、
成長過程の物理的側面はゲロ無視して、
意識的成長過程を描いたものだと思うんです。
ここからはネタバレですが。
最終的には、
バケモノの世界での父親的存在である、
熊徹が九太の心の剣(拠り所)になりますが、
僕が大事だと思ったのは、
自分を産んだ父親がそうである必要はない、
という面。
作品中では、
8年行方知れずだった本当の父親と再会するシーンがありますが、
その時点ではバケモノの世界と、
現実世界のどちらを取るべきかという葛藤があって、
どちらの世界で剣を手にするか悩んでいました。
で、本当の父親ではなく、
熊徹を自分の胸の剣として選択する訳ですね。
最終的には意識世界から現実世界に戻り、
本当の父親と暮らしますが。
(この辺りは現実世界を生きる僕らと同じですね。)
ついつい僕らは、
親がそう言うから、
親がこうしろと言うから、
と自分の産んだ親の言うことを絶対視する事もありますが、
そうである必要がない事を、
証明してくれる映画だと思えたところにグッと来ました。
現実世界で起きる事が全てではないと!
だから、思うのは、
自分の剣(意識的な拠り所)は、
自分の成長過程に一番近くにいて、
大切にしてくれる人であれ、
という話で、
産んでくれたからという条件を、
必ずしも大事にする必要は無いという訳です。
親をないがしろにしろという訳ではなく、
極論を言うと、
ホメオスタシスにも成り得るから、
用心して過ごそうぜ、って話です。
その上で聞きますが、
あなたの胸ん中に剣はありますか?
ではでは!
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