思うところあってaudiobookをやめてAudibleを始めました。月額1500円と少し高いですが、月に1冊だけ何円の本とも交換できる「コイン」というものをもらえるので、ハードカバーなどはこれを利用したらいいかな、と考えています。
会員になると無料で読める番組や特集もいくつかあり、その中に「短編小説チャンネル」というのがありました。
短編小説が5篇収録されています。私ではなかなか選ばないラインナップ。仕事柄、長距離運転する機会があるので、その間に聴くことにしました。

最初に読んだ(聴いた)のは、森絵都さんの『最後は臼が笑う』
悪い男にばかり惹かれる桜子と、彼女の恋愛観の変革を目論む親友たち。その桜子の前に、愛すべき点が1点もない史上最悪の男が現れて…。

「何を読まされた(聞かされた)んだ」という読後感。インディーズの短編映画のような、チープな、ちょっぴり小気味良いおはなしでした。

それにしても、小説って何でしょうね。
最近は、ケータイ小説やYouTubeなどでも手軽なストーリーが量産されていて、そういう日常の文章と小説の区別がつかなくなり、小説って何のためにあるのだろう…とふと思ったりします。

「農業革命は史上最大の詐欺」

「人間が狩猟採集生活から農耕生活になったと言っても、楽になったようには思えんのやけど…。」中高生のころ、世界や日本の大飢饉を学習するたびにぼんやりと違和感を感じていました。世界はもはや食べ物を求めて自由に歩き回ることはできなくなってしまったし、土地に縛られるし、貧富の差は生まれるし、必然的に階級が生まれるし、それに引き換え作物の出来はそんなに安定してないし、あんまりいいことないやん…と、ボヘミアン気質の私はいつも思っていたものです。

私たちサピエンスは「小麦や稲やジャガイモを栽培化しているのではない。小麦や稲やジャガイモに家畜化されている」んだそうです。びっくりしたけど納得できます。それらの穀物は、何万年もかけて自分を変異させなくても、人間の手を使って短期間に大繁殖に成功しました。
たまたま今日車の中でこの部分をAudiobookでかけていて、小麦のやり口の見事さに中学生の娘が「エグっ」と言っていました。当時の若者も、日々のつらい労働に「エグっ」と言っていたかもしれません。

また、私たちは「農業の始まりは人々の暮らしを良くした」と習ったけれど、物事には常に表と裏があるものですね。定住生活には伝染病の流行などのデメリットもあり、人口が増えるということは食料が不足するということ、私物を所有できるということは奪われる不安と表裏一体です。でも、「まずい」と気づいた時にはもう引き返せなくなっています。

なんだか、最近と似ている気がします。ここ20年ほどで私たちはテクノロジーの波にあっという間に飲み込まれました。生活が便利になった一方、時間の余裕が生まれるかと思いきや仕事が増えるだけ。そしてIT抜きには1日も暮らしていけなくなりました。その先の未来に「AIに世界を乗っ取られるのではないか」と一抹の不安を抱きながらも、もう引き返すことはできないのです。
私はもう、暖房のない森の中で木の実を探すことはできません。高い木の上まで見通せる視力は持っていないし、木登りできる腕力もないのです。サピエンスは、穀物を操ったと思っているうちに世界を穀物に乗っ取られました。

農業革命の後に、サピエンスは富める者と貧しい者に分かれ、それが支配者と被支配者となって都市や国家に発展していき、文字が生まれました。狩猟採集時代は自分と身の回りの仲間が数日間食べられるくらいの食物を確保すれば良かったのに、5000年前になると、何万人という規模の国家の中で職業は専門化し、労働が一般化し、労働の対価としての貨幣が登場しました。

この1冊の本の中で、最初は数百万年単位だった進化が、数万年単位になり、サピエンスの台頭で数千年単位になり、だんだん加速するジェットコースターに乗っている気分です。
下巻はいよいよ産業革命がきます。どうなるのでしょうか。楽しみです。

本を選ぶとき、本を読んで考えるとき、
どうしても自分の背景がにじみ出てくるので、
あらかじめここで出しておきます。

1)聞こえない人と私
仕事として、ライフワークとして、聞こえない人たちとかかわっています。
仕事として聞こえない子供たちの学校やカウンセラーをしており、手話通訳でもあり、ライフワークとして聞こえない子供たちの子育て支援みたいなこともしているし、手話サークルの会員でもあります。手話動画のDVDを買いあさる手話マニアでもあります。
私や自分の家族は全員聞こえますが、とにかく手話が好きで、身の回りに聞こえない人がいる暮らしをしています。

2)ジェンダーと私
これは、出そうか出すまいか迷っていたことですが、思い切って。
私がマイノリティであると自覚する場が一つあります。それはジェンダーに関することです。
幼い頃から女性であることに違和感がありました。
かと言って男性になりたいという強い気持ちもなく、私は一体はなんだろうと思いながら生きてきましたが、最近「Xジェンダー」ということばに出会い、自分がそれであると自認しました。
外見上は「化粧っ気のない女性だな」くらいでやっていますが、内心は最近やっと平和になったところです。

マイノリティに対して熱くなりがちなのは、聞こえない人の支援をしているだけではなく、自分もマイノリティの端っこにいるためです。

これからもよろしくお願いします。


読み終えました、ではなく、聞き終えました。
この本はAudiobookで聞き、聞いているだけだとレビュー書けないなと思って、思い切って書籍も買い、けっこうな出費になりました。が、それほど投資をしてでも出会えてよかった本だと思います。

↑2枚も重なっているカバーを取ると、金の背表紙の渋い装丁です。

地球の歴史は、私たちが30年前に学んできたこととは全然違うとは聞いていましたが、著者による一つの説とはいえ、これほど新しい見方を提示されるとは。目を覚まさせられました。

約250万年前に人類がサルから分かれたのち、1万年ほど前までは地球上に複数の人類種がいたこと。その中で現在唯一生き延びているホモ・サピエンス(以下「サピエンス」)は、突然変異をきっかけに認知革命(思考能力と言語の革命)が起こり、サピエンス以外の人類種とは比べ物にならないスピードで進化していったこと。そして、他のすべての人類種と、大量の生き物を駆逐して絶滅させた可能性…。
あまりに劇的な展開で、私はこれを書籍で読んでいたらきっと読み終えていなかっただろうと思います。考え込んで、落ち込んで、本を閉じていた可能性が高い。Audiobookで聞いて正解でした。

「ホモ・サピエンスは生態系の連続殺人犯」という言葉は、思い当たるからこそ、重くのしかかります。

私が知っている範囲だけでも、ホモ・サピエンスは自分たちが知らなかった土地に入ると、そこに元からいた人を駆逐するか同化する傾向にありました。アメリカ大陸しかり、北海道・沖縄しかり。自分たちが知らなかっただけで、そこには昔から人々や生き物の営みがあったのに。

「違う人たちが違うままで仲良くする」ということを、私たちはずっと目指していますが、なかなか実現しません。すぐに「普通か異常か」「どちらが上か」という話になってしまう。
そして、サピエンスはやたら好戦的です。高校で世界史を学んでいる最中も「なんで人間ってこんなにすぐ戦争するんやろ?戦争以外の解決方法なかったんかな?」と素朴な疑問を持っていました。
もしかしたら、私たちサピエンスはもともと「違うものに対する不安」を抱きやすい種なのかもしれない、と、本書を聞いてきて思いました。不安を解消するために、力づくでも同化させるか駆逐させる。そんな弱さを持っているのかもしれません。
本書で「史上最も危険な種」と呼ばれたサピエンス。その凶暴さが自らの命を滅ぼしてしまう前に、7年前に認知革命で手に入れた知性をいかさなければなりません。

上巻だけでも、この後に「農業革命」と「貨幣の発明」という大事件が起こります。これについてはまた後日。

1回では消化不良なので、下巻に行く前に2回目を聞きながら書籍版を読み始めています。書籍版は写真やイラストがあるのが良いですね。ただ、文章自体は物語として聞くのに適している気がするので、やはりAudiobookという選択は間違っていないと思います。
ということは、下巻も二重出費になるのかな。






落合陽一氏の『2030年の世界地図帳』を読みました。

 

1971年生まれの私は、

1990年代のインターネットおよび携帯電話の普及で、

社会が大きく変化するのを目の当たりにしてきました。

ポケベルは大学生のころでした。

社会人になりたてのころ、

テレビCMでとんねるずが「みんなを電話にする会社」と言っていて、

当時は「みんなが電話になる」世界なんて想像もできなかったけれど、

20年も経たないうちに、私たちは、

世界のあらゆる情報を、毎分、掌の中で操作しています。

 

だからこそ、本書で落合さんが言っていることは

絵空事でないことはよくわかります。

テクノロジーは世界を変えます。

世界を救いもし、滅ぼしもします。

AIはもっと生活の中に溶け込み、

ブロックチェーンによる取引が一般化し、

今、私たちがどこでもニュースを見ることができるような感覚で、

どこでも学び、働けるようになるでしょう。

5Gの登場や翻訳技術の進化で、世界はもっと協同しやすくなり、

テクノロジーの進歩と合わせて、

食料の問題や環境の問題が世界規模で解決に向かっていくかもしれません。

 

2030年といえば、

今中学生の娘たちは、それぞれ25歳と22歳になります。

その頃の世界は、今からは容易には想像できないものになっているでしょう。

何が正解か、いよいよわからなくなってきました。

子どもたちは今、何を学んでいけばいいのでしょうか。

計算は量子コンピュータがやってくれるでしょう。

英語が堪能になったところで、

自動翻訳技術が発達した未来ではそれほど役に立たないでしょう。

 

今、子供たちにとって一番大切なことは、

「わけのわからない新しいこと」に出会った時に、

それをおそれて思考停止に陥るのではなく、

きちんと学び取り、活用できる

知的好奇心とリテラシーではないかと思います。

あとは、まだAIが追い付いていないと信じたい、

「心」の分野でしょうか。

 

ド文系な2人は、今後テクノロジーの開発に直接携わることはなさそうですが、

新しいテクノロジーを活用して人や社会に貢献できる道を、

何とか見出してもらいたいと思います。

それは、私自身にも言えることですが。