みなさん、こんにちは
これが最後のブログです
思ったんですよね
医学という業で命を守り続ける
その尊い使命を担う者こそが医師
その医師と呼ばれている人が
自己の都合のいいように人の命を操った
でもそれを隠すことに加担するのも
また、「医の道に背く行為」ですよね?
多分、医療事故をどの病院もすぐ申告するのは
ただ誠意というきれいごとではなく、
医療事故を起こした人やものごとと
一線を画すことが、病院や患者を守ることに
つながるからではないですか?
母が亡くなった病院は当時
確かに人が多く辞めて大変だったかもしれない
でもね、気づいたんですよ
辞めた理由に「自分の時間が・・・」をあげた人の中には
大人の言い訳であって、本心ではない人も結構いたと思います
初めて母が病院にお世話になった
2020年には
コロナ禍で家族と面会できない患者のため
母の写真を撮って
提供してくださったり、
看護師さん(介護士さんの可能性もあり)同士で使う連絡用の電話で、
母と話をさせてくれたり
温かい人も結構いらっしゃった
そんな人も多分、退職者の中に含まれている
温かい思いを持った人が「自分の時間・・・」が理由で
そんな一気に退職するだろうか?
今では、「表には出ていない内部的な問題」こそが
間接的に母の死にも
つながっていたのだろうと確信しています
そもそも私が正確な母の死因を知ったのは
母が亡くなって2年過ぎで、
がんが肺以外の臓器には転移していなかった
事実を知ったのは、さらにその後。
弁護士事務所の協力医の方から教えていただいた
母の死後3年半後です
だって当初、職業欄に「医師」と書くあの人は
母に治療を受けさせたいとする私に
「あなたのお母さんの余命は2カ月」として
キンキン、イライラするし、
まるで他の臓器にも癌が転移しているかのような扱いで
もうすぐ死ぬ・・・という意識だけが
強烈に刷り込まれてしまった
私は気持ちで負けていました
本当は大切な人を守るために
強くないといけなかったのに
だから・・・
もう、臆しません
私が今回、母の件で下した決断は、
母の尊厳を守るためです
そして医療に向き合うすべての人にも
必ず意味を持つと確信しています
今、「この最後のブログ、なんのこっちゃ?」と
思っていらっしゃる方もおられますよね (*´▽`*)
そもそも同じ人を診ているのに
診断の意味するところが
全く異なるのがおかしいのです
そう、母を診た医師の中におかしい人たちがいた
ただそれだけです
ブログを閉じる前にひとつ
母が癌診断を受ける前に通っていた整形外科
実は母は骨折していた膝を固定するギブス?(なのかわからない)が
すっぽり抜けることが何回かありました
整形外科の先生は「こんなの初めて見た~」と楽し気に笑っていたし、
しかも首の頚椎の異常も確かに言っていた
でも先生は、全然問題視していなかったので、
「骨粗しょう症なのか?」と自己判断してしまった
呼吸器内科の主治医の件といい
がん診断前に通っていた整形外科の先生といい
「
」と思ったら、積極的に自分で動かなきゃいけなかったんですね
家族でもないのに、所属学会や身分だの「見せかけ」だけで
やたら人を信じるのは、この世の中、危険ですね
(でも整形外科の方は、結果(肺腺癌ステージ4)を報告に行ったら
本気で動揺していて、本当に異常に気づかなかったトンマだっただけ。
悪気はなかったから「この野郎~」とは思うけど、許す...)
はぁ~、この世の中、誰を信用すればいいのかなぁ~
応召義務違反に不誠実な医療。びっくりする真実。母はモノじゃない、モルモットでもない、人間です
お医者さま
あなたたちが相手にしているのは、人間です
元気に生きたいと願い
感情を持っている人間です
見た目が弱弱しいくらいで
ゲームのキャラクターみたいに「死ぬしかないでしょ?」は
それこそ、ないでしょう
もともと母は田舎育ちで、子供のころから体力自慢
70半ばを過ぎても、
何階もの階段を体力づくりのため
それは重い買い物袋を
持って上がってくるような人でした。
今でも「死」を意識するのではなく
「生」に目を向けてリハビリ系の施設に
預けていたら、もう少し明るい闘病生活が
送れていたのでは・・・と悔いが残ります
さて _(._.)_
たま~にしか更新しませんでしたが、
今までブログをご覧いただいた方
そしてはじめてご覧になられた方
ありがとうございました
これをiryo-kai、最後のブログとさせていただきます
皆さん
いつ大事な人との別れが不意に訪れるとも限りません
後悔しないように、できるだけスマイル(*^-^*)
皆様のご健康をお祈り申し上げます
では・・・
HAPPYへGO ε≡≡ヘ( ´Д`)ノ