妻が存命の頃より、仕事量はずいぶん減っているのに、何故こんなに忙しいのでしょう。

 

今まで自分でしていた分の技工作業を、技工所に頼むようにしているし、東京都歯科医師会の委員もやめさせていただいたし。拘束時間はずいぶん減っているのに。

 

もう、理由は一つしかありません。

 

妻がいないからです。

 

妻は臥せりがちでしたから、「妻がいなくなっても立派にやっていけるだろう」と思った入蔵はなんと浅はかだったのでしょう。

 

辛い体に鞭打つように些末な、手間のかかる面倒な仕事をずいぶんたくさんこなしてくれていたのです。

 

さらに入蔵などには決してできない母の役割もきっちり果たしていました。

 

事務的な仕事について、いわば妻の肩代わりを自分がすれば良いのだと思っていたのですが、そんな話ではありませんでした。

 

例えば、子どもたちの立ち居振る舞いが、妻がいた頃とずいぶん違うような気がするのです。

 

子どもたちは妻の死後、ふたりとも成人しているわけですから、もう立派なオトナとしての立ち居振る舞いをしてもらわなければなりませんが、妻のいた頃のほうが、もっとずっときちんとしていたような気がします。

 

臥せりがちでも、妻は立派に子どもたちの教育をきちんとしていたのです。

 

よく考えれば入蔵が、一番手のかかる子供でした。

 

その子供が妻に教育してもらって、なんとか大人のように見えていたのだと思います。

今は、自分では知らぬ間に、ずいぶんと非常識で、子供じみた振る舞いをしているのかも知れません。

 

今日(正確には昨日)、患者さんが、傘寿のお祝いの会をやったときに、親戚のカメラマンが作ってくれたというフォトアルバムを持ってきてくださいました。

 

患者さんは「今度やる治療の参考に、顔貌に対する希望を入蔵に伝える資料」として、ご自分の写真をお持ちくださったのです。

ちょうど、その約束時間の前後の、入蔵が担当する別の患者さんがキャンセルになったので、アルバムを良く見せていただきました。

 

患者さんはそのアルバムのページを繰りながら、詳しく説明してくださいました。

 

ご親戚から、最近なくなったご主人がかつて社長をしていた会社の従業員まで大変な数のお客さんの写真です。

 

その人達の昔の話から、今の境遇に至るまでの詳しい話を聞きました。

 

入蔵より遥かに年上だと思われる従業員を「この子はね・・・・だったのよ」と

 

自分の子供のように語る患者さんの話を聞きながら、入蔵はなぜか、妻のことを考えていました。

 

妻にも、こうした喜びを味あわせてやりたかったです。

元気に年をとって寿年祝いをする。入蔵は生きていても、いなくとも良い。

こういう喜びを享受する資格が十分にあった妻でした。

 

皆さん、お一人お一人、違った境遇にあるのですから、どちらのご夫婦にも、簡単に「お互いを大事にしてください」とは言えないでしょう。

それでも、入蔵は、「この広い宇宙」で、「この時」に出会ったかけがいのないパートナーを大事にしてくださいと、やはり言わずにいられないのです。

 

では、また(^O^)