年は取りたくないもので、ほんのちょっと前までは、学会の期間中を通して、ずっと会場内で過ごすのが習慣でした。そして、学会中には、必ず、演者に質問をすることにしていました。
それが、以前このブログにも書いたような経緯により、質問する意欲を失ってしまいました。
そして、今回の学会に至っては、会期を満了せずに帰宅してしまいました。
何故ならば、今日、横浜にぎわい座・芸能ホールで開催された「三遊亭兼好・神田阿久鯉・玉川奈々福三人会「喋る、読む、唸る、」を観に行きたかったからです。
今回の学会は、札幌でした。
木曜日に大学の6年生の講義をし、その後、大学関係の役員会に出なければならなかったので、学会で参加しなければならない会議に間に合うように、金曜の朝出発し、土曜日に帰るというスケジュールでした。
この程度のスケジュールは、普通に、よくあることでしょう。場合によっては、出張先から、家に帰らずに次の出張先に、列島を縦断するように向かう方も「ざらに」いらっしゃるでしょう。入蔵の友人でこのブログの読者のSくんなどは、出張行脚のようになることもあるようです。
ただ、飛行機に乗らないで行けるところに向かう時は、極力飛行機に乗らないようにしている入蔵にとって、羽田空港、新千歳空港間の往復のフライトはかなり無理した旅程なのです。
鹿児島だって、北海道だっていつもは電車です。
「それなら、にぎわい座やめておけば?」ですよね。
でも、「それを言っちゃあおしまいよ」でしょう?
だって、奈々福さん(with澤村豊子師匠♥)と、兼好師匠が一緒に観られて、そこに阿久鯉師匠もくっついているのですよ。それで、3200円。考えられない。
N先生、T先生、K教授、本当に申し訳ありません。
「で、どうでした?」ですよね。
一言でいえば、「入蔵悔い無し!」でした。
例によって、各々の「藝」については、「ちゃんと分かる方」がお書きになるでしょうから、詳細はそちらに譲って、入蔵は大まかに記録することにします。
演目は、出演順に、玉川奈々福「金魚夢幻」、中入りに続いて、神田阿久鯉「難波戦記より 木村長門守重成」、三遊亭兼好「寝床」でした。
開演前のトークは、「誰が先輩?」ということから始まりました。
入門順でいえば、奈々福→阿久鯉→兼好の順。奈々福さんと阿久鯉さんは一年違い(芸歴23年と22年。ただし、奈々福さんは最初の6年間は曲師)ということでした。
落語と講談は真打ち制度ありですが、浪曲は「売れたが勝」なのだそうです。
これは浪曲師がたくさんいた(昭和18年には浪曲師が3000人いたそうです)時代に、少年、少女が浪曲師として、ベテランと一緒に看板を背負って興行していた頃からの伝統だそうです。
落語と浪曲は長生きの人が多い(落語では現役最年長は米丸師匠で93歳、浪曲では96歳で現役の方がいるそうです)が、講談は、80代はいないとのことです(もうすぐの人はいる)。
「お気楽な落語、気持ちよく声をだす浪曲に比べて、講談は、藝に『力が入るからかな?』」などという楽しいお話がきけました。
そして、公演に入ると、そういったそれぞれの藝の特質のよく出た舞台でした。
演者の皆さん、年齢、芸歴的に最も力のでる時期なのではないのでしょうか。
優れた演者が、我々を笑わせながらも、藝の力を競い合っているように入蔵には思えました。
これは、プロの仕事です。
入蔵は「寝床」を聞きながら、「素人でも、もう少し一生懸命にやらないと、師匠に悪いかな?」と思いました。
でも入蔵は、自分の出る落語会に、友人知人を無理やり誘っていませんからね。いくらかマシでは・・・。
金魚夢幻に出てくる金魚は青いのですが、深堀隆介さんがお書きになったテーブル掛けの青い金魚がいつにもまして、本当に美しく見え、浪曲に華を添えていました。
このブログでも、何度も書いたように「超方向音痴」の入蔵は、はじめての道でもなく、Google mapを使ったにもかかわらず、桜木町からにぎわい座にスムーズにたどり着けませんでした。
入蔵の目の前を歩いていた若い女性の一人が「私は、落語とか講談聞いたことがないんだけど、この、浪曲の人が好きなの」とおっしゃっているのを小耳に挟んで、人間マップとなっていただいて、ストーカーのようにその方たちの後をつけて、やっと到着したのでした。
「お嬢さん方、今日の藝は、たぶん、浪曲、講談、落語とも、最高水準に近いと思いますよ、今度、他の公演にいらしてもがっかりしないでね。今日は本当に良いものを観られてよかったですね」と、感謝を込めて、言ってあげたかったです。
以前書いたと思いますが、入蔵の能の大鼓方をしている友人は、「能の世界では、60歳は洟垂れ小僧」と言っていました。
藝の世界は本当に奥深いです。
ではまた(^^)/