去年の6月に入蔵は、大学の同窓会の地区連合会の会合での閉会の辞を卒業しました(2017年6月22日のブログをご参照ください。と言ってもめんどくさいか(^o^))。
そして、とうとう今年の新年会で、自分の属している支部(以下当地区としましょう)の閉会の辞も、お役御免になりました。
他の地区の、地区内の催しがどういう雰囲気で行われているかわかりませんが、今年の当地区の新年会は、開会の辞、続く支部長の挨拶から「笑いを取りに行く」雰囲気満載で、ご来賓の挨拶も皆「緩やかなユーモア」に包まれたものでした。
考えれば、入蔵の閉会の辞は、最近では「笑わせるぞ感」満載で、一応「真面目な会合」の雰囲気にそぐわなかったのかもしれません。
たぶん、どこか「上の方」から、当地区の幹部がお灸をすえられたのかもしれません。
でも、先程書いたように他地区の会合の様子はわかりませんが、どう考えても、当地区の会合のように楽しい雰囲気の会は少ないのではないかと思います。
もしかしたら、入蔵の閉会の辞の遺産がちょっとはあるのではないでしょうか。
大いなる勘違いかもしれませんが。
入蔵の地区の同窓会にはなんと、同期生が4人います。
同期生4人はちょっと多いです。
この他に歯科医師会未入会の同級生もいるのです。
その同級生の一人が支部長になったので、入蔵を閉会の辞から外すという至極まともで良い決断が出来たのだと思います。
閉会の辞は、同窓会地区連合会の理事職を努める支部長とは別の当地区の他の同級生がつとめました。
参加者の雑談にかき消されるような中で毎度行われる入蔵の閉会の辞と違い、皆が静粛に耳をすますなか行われた挨拶は「流石!」という声が漏れ聞こえたほど立派なものでした。
入蔵も惚れ惚れしました。
「挨拶はこうでなければ」
「このように立派な挨拶をした後でふざけるのは有りだな」と思いました。
立派な挨拶は、「入蔵の声真似」で締めくくられたからです。
入蔵の声は、相撲取りによくある種類の声です。
もともと、聞き取りにくく、本当は落語向きではありません。
でも、素人ですからね。
気にせず素人落語の高座は楽しんでつとめています。
さて、入蔵の同級生で、入蔵の声真似をしたことのない者は少ないのではないかと思います。女子も含めて。
嘘かと思うかもしれませんが、まだ入蔵の同級生が大学病院、医局にたくさん残っていた時、その同級生が年中入蔵の声真似をしていたので、病院中が影響を受けてしまいました。
入蔵が用事があって大学に電話をかけた時に、電話をかけているのが入蔵だと相手にわかると、病院の受付、医局の秘書等も電話応対を入蔵の声真似でしてくるということが「流行っていた」時期がありました。
お馬鹿な入蔵はそれに点数をつけて楽しんでおりました。
「変な声」も人の印象に残りやすいという「利点」があると考えていいのかもしれませんね。
さて、閉会の辞は降ろされた入蔵なのですが、実はこの新年会では、閉会の辞の前に「閉会の辞の前座」なる余興が用意されていたのでした。
正確に言うと「用意」はされていませんでいた。
閉会の辞をしなくてすむとすっかり油断していた入蔵の耳にいきなり
「では、ここで閉会の辞の前座の余興で入蔵(実際は本当の名前)が挨拶します」という司会の声が聞こえてきたのです。
「閉会の辞の前座の挨拶って、そんなのありか」です。
いくら変な挨拶とは言えいつもはそれなりに準備しています。
いきなり
「だれも聞いていないから、マイクいらない」
「そのかわり、来賓の目の前に立って話せっ」
ていったい!
「これっていじめか」と思いつつ、入蔵は、また小話をとめどなくしては「思いきり外した」のでした。
「閉会の辞から、前座になるのは出世でしょうか?」
もしかしたら、これからずっとこういう出番があるのでしょうか。
「なんだか、気楽に楽しめそう」と当地区幹部の苦労も顧みず、ちょっと楽しみな入蔵です。
でも、99.9%「それは無し!」でしょうけれどね。
ではまた(^^)/