最近話題になっていたドラマの音声をほんの一瞬耳にしました。

別居状態になった女房が「敬語で話すのが怖い」と言っていたようでした。

 

確かに、夫婦間で敬語で話すというのは、ちょっとよそよそしい感じがしますが、各々の生家の教育、習慣の問題もあるので、敬語で話すからと行って夫婦の間に溝があると決めつけられませんよね。

 

でも、それまで、敬語で会話していなかった夫婦が急に敬語になれば、それは何かあるに違いないでしょう。

 

入蔵の家では、基本的には夫婦間の会話は、亡妻は入蔵に敬語、入蔵は女房に下町語(東京の田舎言葉。少し福島弁+千葉弁混じり)でしていました。

 

女房の母が、娘は自転車に乗らせないような、本当の旧家のお嬢さん育ちの方ですから、たぶんその影響もあると思います。

 

でも、「敬語やめようよ」と入蔵が20年以上に渡り、再三言っていたにもかかわらず最後まで敬語だったのには、彼女の入蔵に対する「気持ちのありよう」が大きく関係していたと思います。

 

女房が亡くなって、女房から受信したメールを読み直してみると、子供のことについて書いてあるメールは敬語で書かれていないのです。

そういうメールでは入蔵の呼び方も、ニックネームになっていたりします。

 

女房の思い描いていた夫像と入蔵はかけ離れていたのかもしれません。

「敬語やめようよ」などと言っていないで、なぜ入蔵には敬語になってしまうのかを考えるべきでした。

 

入蔵は300ml程度の大きさのアルコール飲料の出物が目につくと、買って、冷蔵庫に入れています。

誰か、家に朝日に来てくれた時に飲んでもらおうと思って。

 

でも、皆さんご存知のように入蔵の家にはほとんど人が来ません。

人が来ないのに、お菓子を買ったり、コーヒーや、紅茶、お抹茶などを買ったりしています。

 

消費期限というものがあるので、結局自家消費です。

 

お酒はとっておいても大丈夫そうなので、飲まずに保管(?)しています。

 

まるで「泣いた赤鬼」の赤鬼状態です。

 

いつか、お客さんがいっぱい来てくれるような家になると良いのですが。

まあ、いっぱいでなくとも良いのです。

入蔵と、敬語でなく話してくれるような人が一人でも良いです。

でも、そのためにはもしかしたら、入蔵自身が変わらなければ行けないのかもしれません。

 

なかなか難しいような気がします。

でも、少しずつ、変わっていきたいと思っています。

 

ではまた(^^)/