十数年前に、とあるコンサートに一緒に行こう!となったお相手と教会に行ったことがあります。

 

コンサートの開演まで時間があって「どうしようか?」と話しているときに、近くにわたしが以前読んだ小説に出てきた教会があることに気づき「行ってみよう!」と誘いました。

 

わたしは「○○のエネルギーを感じる」など普段口に出しはしないものの、そういうひとだし。

 

神社仏閣を目的に各地を旅行したりするように、函館や長崎行ったら教会行くよね?みたいな気持ちで誘ったのですが、

 

お相手は「なぜ教会??」だったようです笑い泣き

 

ごめんね、「なんか勧誘されるのかな?」って思っちゃうよね笑い泣き

 

その教会では信徒以外も受けいれていて、なかにはいると案内してくださるかたがいてすこしお話しして時間をつぶしました。

 

で、その後その一緒に行ったお相手と話していたら、お相手が、

 

「神様って生きてるのかな死んでるのかなってわからなかったんですけど、教会のひとの話聞いたらやっぱり生きてるのかなって思った」

 

って言ったのです!!

 

わたしは、生きてる?死んでる?……神様が???

 

という気持ちになって、

 

「わ、わからない……神様って『ある』か『ない』かでしか考えたことがなかった……」

 

と混乱してしまって、話の矛先はその場にいたわたしの友だちが受けとってうやむやになったのです。

 

なので彼女の言う「神様は生きてるのか死んでるのか」って言うのが、ニーチェの「神は死んだ」みたいな哲学的意味合いなのか?

 

それとも、信じるひとのこころのなかで生きてる、みたいな意味合いなのか?

 

わからないのですが、生きてるか死んでるかって言われると、いきなり神様が地球上か宇宙かわからないけれど『生物』として存在しているイメージになってびっくりしました。

 

その可能性考えたことなかったわ~!!!!

 

言われてみれば神話などで神様が争って片方が倒されたとかあるので、神様が死んだって話もあったかもしれない……。

 

でも神様のこと「いきもの」だと考えたことなかったわ~!!!!

 

という視点が大転換された一件でした。

 

あなたの神様は「いきもの」ですか、「いきものではない」ですか?