読書体験として、う~ん……という。
きのう読み終わりました。
東京という街の上流階層で育まれ、そこで生きる華子。
地方から上昇意識を持って上京、東京に挫折し、東京を泳ぐ術を身につけた美紀。
階層という見えない分断があったはずのふたりは幸一郎というひとりの男を通じて邂逅し、そこに連携が生まれる。
……あらすじっぽく書いてみました。
この本、単行本としての出版すぐに読んだほうがよかったかもしれない!
というのはこちらが出版されてから6年の間に、女と女の連携、シスターフッドといった意識はずいぶん進んだようにわたしは感じるんです。
なので出版当時新しかったかもしれない、華子と美紀が対立しないという展開がなんだか当たり前みたいに感じてしまうんですよね……。
読んでる最中は面白かったです。
地方から首都圏の大学に進学して、学内を見てみれば元をたどると皇族に行き着くみたいな大きなお寺のご息女がいたり、一方で学費も生活費も奨学金とバイトで賄い講義の出席も危うくなってる学生もいたり。
華子のようなひとも、美紀のようなひとも、いるよね~と思うし、わたし自身も華子の心情描写に共感するところあり、美紀の都会に出てのカルチャーショックにわかるとなるところもあり。
ただわたしが大学大学院と理系で、かつ東京ど真ん中ではない近郊のキャンパスで過ごしていたからでしょうか?
華子と美紀の階層の分断みたいのを実感したことがないんですよね。
そういうひとたち、ごちゃまぜでいない?って思っちゃうんです。
なんとなくわかるんだけどここまで典型的なひとたちと出会ったことがないから、物語の設定がぴんとこないんです。
わたしの通ってた大学がうっすらと上位層ではあるけれど上位トップテン!みたいなところではなく、首都圏ではあるけれど東京ではないところに住んでいた、みたいなことからピンキリのピンのピンみたいのは見たことがないのも関係しているのかもです。
そんな感じもあって、読んでいる最中は楽しませてもらったし、自分の身に引きくらべて色々考えたりはしたのだけれども、読書体験として良かった!という読後感ではなかったのです。
三章の華子と幸一郎の結婚生活のあたりとか、意図したものなのでしょうが小説の文章を読んでいるんじゃなくて、あらすじ読んでいるような気持ちになっちゃった。
個人的な好みでしかありませんが、日本の絶対的な上流階層を垣間見るという意味では「コルセット」(姫野カオルコ著)が幻想的でありながら雰囲気があったように思うし、慶応大学の内部生と外部生の分断という意味では「グロテスク」(桐野夏生著)が残酷で乗り越えられないものとして感情に訴えたように思って、劇的な読書体験を望むのならそちらかな……。
描いているものや、伝えたいことがまったく違うから、本当は比べるものではないんですが。
なんでしょうね、面白かったんだけど「う~ん」ってなっちゃいました。
そういうのも読書体験の醍醐味ではあります。