過ぎ去りし日の・・・
昨夜、予告させて頂きました、
ロミー・シュナイダー様と、アラン・ドロン様のツーショット写真の数々。
おフランスで写真集 ↑ が、ベストセラーとなっただけあってか、
お蔵出し写真が山ほど。色々拝見させて頂いて、
にわか、お二人のツーショット写真研究が出来ました。
(「研究」に、別段、何の「成果」も伴わないとは思いますが。)
よく拝見する「出会い」の頃のお写真ですが、
↓ こんな所で新聞読むな!感じ悪い!ドロン様!
と思ったら、 ↓ ちゃんと、ロミー様もお食事されてました。
きっと、カメラマンが大勢いらしたのでは?とか思いますが、
始めからずっと、カメラと共にあったカップルでらっしゃるのね。
その点、最近の「芸能人」の方が、開放的にお付き合いされてても、
初対面のその時の印象を、ロミー様は日記に残しておられます。
「私は何もかもが悪趣味だと思った。
その男性にも特に興味をひかれることもなかった。
彼もまた、私を見て胸くそ悪い奴だと思ったらしい
あ~あ、1958年「Christine(恋ひとすじに)」で共演さえしなければ。
この作品、原作がアルトゥル・シュニッツラー様で、
1933年版の映画化では、ロミー様のお母様、
マグダ・シュナイダー様が主演されてるんですね。
仲の悪さを周囲が心配するような関係から、
「それぞれが印象的なスピーチを行った。たとえば
ママは、『とりあえず結婚のことはまだ考えないことにしましょう。
子供たちは、まずじっくりとお互いのことを
知り合えわねばなりませんものね』実際には、『子供たち』は
すでに互いのことを知り過ぎるほど知っていた。
特に、自分たちのあいだを隔てる深いギャップについては
熟知していた。アランと私のあいさには深い裂け目が存在していたのだ」
ドロン様の文章をも、ロミー様の日記は写し取っています。
「彼女は僕が世の中でもっとも嫌いな階層の人間だ。(略)
一人のロミーのことは世界中の誰よりも愛している。
「私たちの関係には、出会った時からすでに破局が運命づけられて
いたと言える。ただ、当時の私たちにはそれがわからなかった。
あるいは、単にそれを認めまいとしたのだろうか
ー少なくとも私一人だけは」
そんな内面や、ドロン様の新作の立て続けの成功への焦りとは別に、
写真には、幸福で、若さに輝く恋人たちの姿が写っています。
そこまでわかっていたなら、ここれへんで ↓ のように、
すたこらさっさと、お別れになられていれば・・・いや、
そうしたら、あの「女優・ロミー・シュナイダー」様は存在しなかった。
それでも、少しだけ、このままお幸せに添い遂げられたら、
フランスが国を挙げて愛するカップルとなられていたかも・・・
13歳の時に書き始められたという、ロミー様の日記。
一番初めのページに書かれている言葉。
「音楽、お芝居、映画、旅行、芸術。
これらが私という人間がもっとも重要に思っているものである。
この五つの言葉を耳にすると、どうしようもなく
私の血は騒いでしまう!」
ロミー様を魅了し、ロミー様がそのものとなったその世界。
旅。確かに様々な国での映画出演も多い方でした。
淀川長治先生も、各国を渡り歩いたことが、
ロミー様に独自の美を与えたのではないかと書いておられました。
この、輝く幸せの後の苦難の人生が、
ロミー様ご自身を、芸術そのものにし、
命をも奪う事になるとは、何と辛い事か。