若くして結婚した私は、昭和の時代には良くあった理由で、早くに離婚した

相手の浮気、借金、DV、酒乱…
別れた時、息子は3才、娘は生後3ヶ月だった

それからはずっと母子家庭で、子供達を幸せにするまでは、這ってもずっても倒れられないと必死で働いて育ててきた
仕事と生活することに精一杯で、いわゆる世間一般の親らしいことは、ほとんどしてあげられなかった

それでも小学生くらいまでは、周りがびっくりするほど仲が良い家族で✨
その反動なのか?
その後、凄まじい反抗期がやってきた
内容は凄すぎて書けないが、凄まじく長いものだった…
それでも、いつか気がついてくれる…
分かってくれると信じ、二人の幸せを願い続けた🙏
2人が社会に出て、社会で苦労するようになって、少しずつ変わっていった…
母の日に息子から「かりゆし58のアンマー」のCDが送られてきたこともあった
それでも、里帰りするのは数年に一度あるかないかで、その当時は娘ともの別で暮らしていたので、私も仕事をして自分の生活で精一杯



ただ、二人の無事と幸せを願いながら日々が過ぎていった…
娘と暮らすようになったのは、大腸癌になる一年くらい前で、それも私の生活が大変で
娘に頼るしかなくて、その頃息子とは月に一度くらいメールしてもほとんど返信も無く、疎遠になっていた

そんな時、2011年6月大腸癌の告知を受けた
一番最初に思ったのは、手術費用と入院費用のことだった…
貯えもない…生命保険にも入ってない…
一瞬「どうしよう、このまま何もしないでおこうか」…
娘には、「お兄ちゃんにすぐ連絡しないと」と言われたが、それも躊躇した
息子に言っても迷惑に思うだけなんじゃないか…と、
娘にそう言ったら、娘はすぐ息子に連絡を入れた…
私は、返事が怖かった
息子からは、すぐ連絡がきた…
私にとっては、青天の霹靂のような対応が返ってきた






「明日病院で詳しいこと分かったら、すぐ連絡ください」と「体大変かもしれないけど、頑張って」と
本当に本当に、その後の息子の行動は、私だけじゃなく家族みんなが、驚愕するほどの変わりようで💖
本来の優しい息子に戻ったなんてものではなく…その優しさに超〜がついた
それまでを取り戻すかのように、たくさん親孝行してもらった





それは、娘も一緒に💖
辛い癌との闘い、抗ガン剤治療の副作用、私にどれだけの勇気を与えてくれたことか

