4年間、教育という立場に僭越ながら関わらせて頂いております。

相手は小学生から高校生まで。毎日いろいろな個性に触れる貴重な経験です。

人を変えることは出来るのか。
これは教育に携わる者が誰しも1度は向き合う問題なのではないでしょうか。

もっとまじめに取組みなさい。
先生の言うことに素直になりなさい。
将来のことを考えなさい。
などなど、声を掛けることがあります。

でもそれらの言葉って、私たちが当時を振り返ってそうするべきと思っていることで、
当時はそんな言葉言われても突っぱねていたなぁと思うのです。
その過去も含めて反省し、余計に言葉を掛けたくなるのですが。

私たちは人を変えることが出来ない。
目の前の子どもにいくら態度を改めろと諭しても、その子が必要性に駆られなければ変わらない。

代わりに

私たちはきっかけを与えている。
私たちの言葉は全て、彼らより少し長く生きた人間の回顧録。
人によってさまざまなその回顧録から、引っかかるものがもしあれば、
子供たちはそれに自分のタイミングで気づき、自分のタイミングで考えて行動に移す。
もしくは、反面教師として。
ときには言葉は響かなくても、学術的な「勉強」という立場から将来の選択肢を増やす。
その子が将来、選びたいと思う選択肢が消えていたら、もしくは非常に遠い場所にあったら。
その絶望を味わわせたくないという老婆心から、時に厳しいことを言う。


いろいろなきっかけを、それとは気づかないかもしれなくても、与えていきたい。
潜在的に、意識の中に残ってくれたらなぁと思いながら、今日も生徒と話をする。

そのタイミングを焦ってはいけない。
あくまで生徒が、自分の人生の節目節目で身の振り方を考えるとき、乗っかる時は乗っかるし、乗っからなければ乗っからない。
そんなものだと思いながら、やっていくのがいいんだろうと。
少なくとも私にとっては。


そんなことを考えながら、年の瀬。