四月一日の記事は誤報でした。
謹んでお詫びします。
短編小説『オハヨうなぎの泣く夜に』を掲載しておきます。
ポポポポーンの頃に書かれたもので、30分程度です。
ホラーが嫌いな方は退避してください。
オハヨうなぎの鳴く夜に(一)
「オハヨうなぎの鳴くぅ~夜わぁ~♪
あなたと食べたい、ひつまぶしぃ~♪」
東京を出発した車は信州中央道路にさしかかり、林野きのこは上機嫌に持ち歌を歌っていた。
出稼ぎアイドルのきのこは、東京でテレビ出演を果たし、成功裏に収録が終わった帰り道だった。
辺りは既に暗くなっている。
きのこのマネージャーの紐田が注意をした。
紐田
「おいおい、きのこちゃん。
歌いながらの運転は危険だよ。」
道は山道となり、スロープ状の登りが続いた後は降り坂となり、かなりスピードが出ていた。
きのこ
「これぐらいへっちゃらだのし。」
きのこが紐田の方を向いた瞬間、なにかがドスンと車に当たった。
紐田には、着物を着たふくよかな女性に見えた。
つづく
オハヨうなぎの鳴く夜に(二)
きのこは車を停車させた。
林野きのこは、紐田の唯一の商売道具であった。
家出をして、さまよっていた少女を捕獲したものである。
そして紐田とは只ならぬ関係になっていた。
もし警察に調べられ、何もかもがバレテしまったとしたら……
林野きのこのアイドルとしての生命は絶たれてしまう。
紐田
「急いで車を出すんだ!」
きのこ
「でも、必ず追跡されるよ。」
紐田
「大丈夫だ。
知り合いにスクラップ屋がいるから、すぐに廃車してもらう。
早く、早く!」
仕方なくきのこは逃走した。
つづく
ひき逃げは臆病者の犯罪だと言われています。
気が小さい人ほど逃げてしまうもの。
オハヨうなぎの鳴く夜に(三)
車のスクラップ処理はうまくいき、とりあえずは一安心だった。
そして不思議なことに、ひき逃げ報道もされなかった。
しかし、次の日の夜に異変は起こった。
きのこが夜中に目を覚まし、部屋のガラス窓を見た時のことだ。
暗い窓の外から、白い顔の中年女性が部屋の中を覗いていた。
きのこは悲鳴を上げて助けを呼んだ。
幽霊というものが、それを見る者の意識によって構成されているとすれば、これは正しい消去法だった。
数日後、きのこはテレビに生出演していた。
「オハヨうなぎのぉ~喋るぅ~朝わぁ~♪
あなたと食べたい二段重ぅ~♪」
今度は林野きのこのファンが悲鳴を上げた。
テレビに映ったきのこの背後に、着物姿の中年女性が映っていたのだ。
つづく
オハヨうなぎの鳴く夜に(四)
「変なものが見えるようになった。」きのこが盛んにそう訴えるので、紐田は、きのこを信州の病院に入れた。
マスコミには“語学留学”などと適当な事を伝えた。
車は同車種の物を買い、周りの人間には前から乗っている車にしか見えない。
そしてある日、紐田は再び信州中央道路を走っていた。
空は暗くなり、再び事故現場の辺りを通った時のことである。
バックミラーに着物姿の女性が映り、だんだんと近づいてきた。
紐田はアクセルを最大に踏み込んだが、着物の女性はすぐ後ろにやってきた。
直後、目の前にガードレールが迫り、深い断崖になす術なく車は落ちていった。
数時間後、信濃県警山中署が捜査を開始した。
東京から飛ばされて来た海老原蟹蔵は、「またかよ!」という表情で崖下を眺めていた。
つづく
オハヨうなぎの鳴く夜に(五)
このところ、信州中央道路では同じ様な事件が続発していた。
事故を起こしたのは、すべてが××自動車製の車ばかりである。
技術的な問題が起きている可能性が高いが、××自動車からの応答は、「技術的な問題は全く生じていない。」というものだった。
車や遺体を回収した後、海老原は車を販売した中古車業者を訪れた。
これまでの事件の捜査で、販売した業者は分かっている。
海老原は中古車販売店に着くと、責任者を問いただした。
海老原
「おい、××の事故車はどこから買った?
正直に答えた方が、身のためだと思うがな。」
責任者
「それがねえ旦那、我々にも守秘義務というのがありまして…」
海老原
「マスコミが事件を報道して、この会社の名前が出ればどうなるかな?
ぺんぺん草が鳴き、閑古鳥が生えるのも、そう遠くはないだろうな。」
つづく
オハヨうなぎの鳴く夜に(六)
結局、中古車販売店からは何の情報も得られなかった。
次の日、しびれを切らした海老原は直接製造工場へ向かった。
本社製造工場は遠く、一日以上かかってようやく辿り着いた。
時刻は午後四時となっていたが、工場の屋根は太陽を反射してギラついている。
突然、どこかから「うわっー!」という大きな声が上がった。
海老原は整備工の一人に近づいて、事情を聞いてみた。
海老原
「おい、一体ありゃ何なんだ ?」
整備工
「最近、どういう訳か従業員が反乱を起こすようになって…」
海老原
「それで?」
整備工
「それ以上のことは、ちょっと…」
整備工は小さな声で囁いた。
整備工
「終業まで待ってくだされば、お話しましょう。」
つづく
海老原は終業まで車で待ち、軽食喫茶で話を聞いた。
整備工
「ここのところ、従業員が憑かれたように暴れ始めることが多くなりましてね。」
海老原
「何か思い当たることはないか?」
整備工
「思い当たることと言えば、大場のことだけですわ。
大場有男って言う、車の製造ラインで働いてた男がおりましてね。
そいつがある日、機械に腕を巻き込まれてしまった。
すぐに機械を止めてやれば良かったんですが、遅れて、肩から先を失ってしまったんです。
その後、もう生産ラインでは働けないんで、クレーム処理係りにまわされたんだそうですわ。
ところが、クレーム処理係りの島田っていう上司が悪い奴でね。
大場のことを毎日いじめるようになった。
大場が家庭の事情で中学しか出てないのをネタにして、“バカだ、無能だ、早く死ね”などと、とにかくしつこく毎日やったようなんですよ。
それだけならまだしも、必要のない仕事を長時間やらせるようになりましてね。
大場の睡眠時間は四時間を切っていたと言われています。」
海老原
「パワハラだな。
それから?」
つづく
オハヨうなぎの鳴く夜に(七)
整備工
「大場は鬱病に罹り、病院に入りました。
一時良くなって退院したらしいんですが、また同じ職場じゃねぇ…
また鬱病がぶり返して、退職後に自殺しました。
奥さんも後を追うように、信州の実家の方で自殺したと聞いています。」
海老原
「きっとそれだ。
クリティカルヒットだよ。」
整備工
「私がこんなことをお話するのもね、刑事さん。
気味が悪くて仕方がないからなんですよ。
これまで真面目に働いてきた従業員が、突然仲間を襲ったりするんですから。」
海老原
「わかった。
必ず解決するよ。」
整備工
「でも、私たちの会社をあまりいじめ過ぎないでくださいよ。
それからね、技術的には何の問題も起こっていませんよ。
私が自分で整備してるんだから、わかります。
ただ、クレーム処理係りが適切に本社へ報告してるかどうかは怪しいですがね。」
海老原
「実は信州の方で、××自動車の車がたて続けに転落事故を起こしているんだ。
くたびれているところを済まなかったな。」
海老原は勘定を済ませると、整備工と別れた。
次に海老原が向かったのは、クレーム処理係である。
海老原は捜査権を行使して、強引に担当者に迫った。
海老原
「おい、島田ってのはお前か。」
担当者
「ち、違いますよ。
島田はもういません。」
海老原
「そうか、それじゃそれはまあいい。
ここへどんなクレームが来てるか、正直に話してもらおうか。」
担当者
「それは会社の方と相談してからでないと…」
海老原
「今すぐお前に手錠をかけて、連れていってもいいんだぞ。
既にネタは上がってるんだ。
会社は、全てお前のやったことだと言い張ることだろう。
隣近所はもちろん、家族や親戚までお前を犯罪者として蔑むだろうな。」
担当者
「わ、わかりましたよ。
それじゃあ、クレームの記録を見てください。」
海老原が記録に目を通したところ、大半が「車の中で変な声が聞こえる」というものだった。
つづく
オハヨうなぎの鳴く夜に(八)
これはどうやら、人間の捜査だけでは限界があると感じた海老原は、一度信州に戻った。
霊能力が枯れたと言われている、元霊能者の伊塔愛子を訪ねた。
伊塔愛子の家は高い山の上にあり、山登りが必要だ。
数日前にあった北信濃の地震で、伊塔の家は倒壊していた。
伊塔
「ちょうどいい所に刑事さんが来てくれたわ。
見ての通り、住む所が潰れてしまって…」
海老原
「どうやら、また霊の関与したと思われる事件が起きまして…」
伊塔
「もう霊の事件は無理だと言っているでしょう。
そんな事より、家を建てるの手伝って下さらない?
小さな家だから、すぐに建つわ。」
海老原
「仕方ないなあ。
こんな所じゃ大工さんも嫌がって来ないだろうし。
俺が手伝ったら、伊塔さんもこちらを手伝ってくださいよ。」
伊塔
「だから、霊能力などもう無いと言うのに。
絵薔薇焼肉氏とか、霜寝た子氏とか、有名どころを頼めばいいじゃないの。」
海老原
「絵薔薇焼肉氏なんていかにも大食いそうじゃないですか。
たぶん、豚肉一年分とか要求されますよ。
霊能力は無くても、霊の知識が有ればいいんですよ。」
伊塔
「ふうん。
じゃあ、できる範囲でやりましょう。」
海老原は建築を手伝いながら話を続けた。
海老原
「ところで、青木先輩はどうなりました?」
伊塔
「まだ子供ね。
ガンダムがどうしたとか言ってるわ。」
海老原
「ああ、でも還暦越えても、ガンダムがどうしたとか言っている人もいるから。
まあ、その話はいいでしょう。
今回の事件は、地元の自動車の連続転落事件が発端なんですよ。
その自動車会社を調べてみると、いろいろ問題が起きているみたいで…
信州の方まで来て自殺した、大場景子という女性がいるんですよ。
その女性がキーマンじゃないかと。」
伊塔
「あんまり近寄りたくないような話だわ。」
つづく
オハヨうなぎの鳴く夜に(九)
自動車で転落死した紐田。
海老原刑事は、紐田の人間関係から林野きのこを割り出し、病院を訪ねた。
伊塔も同行している。
海老原
「君はタレントの林野きのこだったのか。
何が起こったのか詳しく話してくれないか?」
きのこ
「私、何が起こったのかなんて、さっぱりわかりません。
それよりも、紐田さんどうしちゃったんです?」
海老原
「紐田さんは自動車で転落死したよ。」
きのこ
「ええっ!!!?……………。
まさか霊とかじゃ?」
伊塔
「よく霊のせいだなんて分かったわね。
正直に話してごらんなさいよ。」
きのこ
「前に信州中央道路で、人らしきものを轢いてしまったんです。
紐田さんに、その事は話すなと言われていました。
でも、変なものが見えるようになってしまって…」
伊塔
「変なものって、一体どんなものなの?」
きのこ
「着物姿の色白の女性だった。
病院に来て、薬をもらうようになってからは、あまり見えなくなったけど。
でも、まだ周りにいるような気がする。」
海老原
「今回の事件では、もう何人もの犠牲者が出ている。
たぶん同じ霊だ。」
伊塔
「それが信州の方へ来て、自殺した大場景子とかいう人ね。」
きのこ
「一体何がどうしちゃったんです?
私、何が起こっているのかさっぱり分からなくて…
こんなことになるなら、轢いたときに確かめて置くんだった。」
つづく
オハヨうなぎの鳴く夜に(十)
海老原たちがもたもたしている間に、××自動車の本社工場では深刻な事件が起こっていた。
工員の一人が警官の拳銃を強奪し、工場内で無差別発砲を行ったのだ。
三人が死傷し、犯人の工員も自殺した。
しびれをきらした海老原は、車を販売した中古車販売業者を強引に引っぱり、重要参考人として取り調べた。
中古車販売業者の話によれば、××自動車の車を持ち込んだのは、武田信一という者だという。
早速、海老原は伊塔と共にその武田の所へ急行した。
武田は××自動車の技術研究者の一人であり、信州中央道路沿いに住んでいた。
武田の家に着いた頃には、空はもう薄暗くなっていた。
玄関に出てきた武田信一を確認すると、海老原はいきなり武田に詰め寄った。
海老原
「おい! 一体お前は何をしているんだ?
車を中古車店に売ったのは、お前だな。」
武田
「そうですが、それが一体どうしたって言うんです?」
海老原
「その車で何人も死んでいるんだよ!」
武田
「私はただ、山道の走行実験をしているだけですよ。」
海老原
「嘘を言ってもすぐ分かるんだぞ!
このおばちゃんは霊能者だからな。」
武田
「嘘じゃありません。」
海老原
「武田、お前拳銃の発砲音を聞いたことがあるか?
人生の最後に聞いてみるか?」
武田信一は、この刑事はまともじゃないと感じたようだ。
武田
「それ程までに言うのであれば、一緒に乗車してみてください。
良いものを見せてあげますよ。」
つづく
オハヨうなぎの鳴く夜に(十一)
武田は海老原と伊塔を乗せると、車で信州中央道路を走った。
武田
「私も最初に轢いた時には、“しまった”と思いましたよ。
ドンと重い衝撃が来ましたからね。
でも、そこには誰もいなかった。
二回目にぶつかってピンときました。」
海老原
「何の事だ?」
武田
「女性の霊体ですよ。
着物姿で体格のいい。
これは格好の実験材料だと思いました。
普通、衝突実験には人形を使うんですが、やはり生身の人間とは違います。
特に車のダメージがリアルではない。」
海老原
「馬鹿かお前?」
武田
「霊なんて、何回ぶつかったって減るもんじゃなし。
別に犯罪でも無いしね。
もう20回以上は実験してますよ。」
伊塔
「物体化してくる霊は相当に強い念を持っています。
ただでは済まないでしょう。」
武田
「私なんともないですけどね。」
海老原
「お前はなんともなくても、もう何人も死んでるんだよ。」
武田
「私は会社のために働いているだけですよ。
自分で殺してる訳じゃない。」
海老原
「自分で殺してないと言うけどな、アウムの麻原だって自分で殺した訳じゃないんだぜ。
でも死刑だ。
それにしても、どうしてこんなにブラック企業が増えてしまったんだろ。」
伊塔
「日本人は怒らないからでしょ。
怒らずに泣き寝入りするだけ。
だからブラック企業のやりたい放題。」
海老原
「俺みたいに、腹が立ったら酒を飲んで暴れるくらいでいいのかな。」
伊塔
「そう、それが正しい道徳というものよ。
不正義に対して怒るのも、男性の大事な仕事の一つ。
泣き寝入りしてしまうと、次の誰かがまた泣かされるだけよ。」
武田
「なんと言われようと、我々は合法企業なんです。
それより、もうすぐですよ。
トンネルを抜けて、少し行った所に出るんです。」
海老原
「合法なのは、たくさん献金してるからだろ。」
伊塔
「たとえ法が許しても、手や足を失った人の苦しみ、遺族の悲しみが消える訳ではない。
怨霊となって呪い続ける。
いつかは報いを受けることになりますよ。」
トンネルを抜けると、武田は加速して実験態勢に入った。
武田
「ほぅら、おいでなすった。
あっ? ぁあああ!!」
強烈な衝撃が加わって、武田は車を止めた。
海老原たちは降りて、辺りを照らしてみた。
体の一部が砕けて倒れていた少女は、海老原たちにも見覚えのある服を着ている。
病院を抜け出して、事故現場を見に来た林野きのこだった。
オハヨうなぎの鳴く声が、みりみりと響き渡り、夜の霧が冷たく感じられた。
完
自動車関係の方が不快に感じたなら御容赦ください。
「オハヨうなぎの鳴くぅ~夜わぁ~♪
あなたと食べたい、ひつまぶしぃ~♪」
東京を出発した車は信州中央道路にさしかかり、林野きのこは上機嫌に持ち歌を歌っていた。
出稼ぎアイドルのきのこは、東京でテレビ出演を果たし、成功裏に収録が終わった帰り道だった。
辺りは既に暗くなっている。
きのこのマネージャーの紐田が注意をした。
紐田
「おいおい、きのこちゃん。
歌いながらの運転は危険だよ。」
道は山道となり、スロープ状の登りが続いた後は降り坂となり、かなりスピードが出ていた。
きのこ
「これぐらいへっちゃらだのし。」
きのこが紐田の方を向いた瞬間、なにかがドスンと車に当たった。
紐田には、着物を着たふくよかな女性に見えた。
つづく
オハヨうなぎの鳴く夜に(二)
きのこは車を停車させた。
林野きのこは、紐田の唯一の商売道具であった。
家出をして、さまよっていた少女を捕獲したものである。
そして紐田とは只ならぬ関係になっていた。
もし警察に調べられ、何もかもがバレテしまったとしたら……
林野きのこのアイドルとしての生命は絶たれてしまう。
紐田
「急いで車を出すんだ!」
きのこ
「でも、必ず追跡されるよ。」
紐田
「大丈夫だ。
知り合いにスクラップ屋がいるから、すぐに廃車してもらう。
早く、早く!」
仕方なくきのこは逃走した。
つづく
ひき逃げは臆病者の犯罪だと言われています。
気が小さい人ほど逃げてしまうもの。
オハヨうなぎの鳴く夜に(三)
車のスクラップ処理はうまくいき、とりあえずは一安心だった。
そして不思議なことに、ひき逃げ報道もされなかった。
しかし、次の日の夜に異変は起こった。
きのこが夜中に目を覚まし、部屋のガラス窓を見た時のことだ。
暗い窓の外から、白い顔の中年女性が部屋の中を覗いていた。
きのこは悲鳴を上げて助けを呼んだ。
幽霊というものが、それを見る者の意識によって構成されているとすれば、これは正しい消去法だった。
数日後、きのこはテレビに生出演していた。
「オハヨうなぎのぉ~喋るぅ~朝わぁ~♪
あなたと食べたい二段重ぅ~♪」
今度は林野きのこのファンが悲鳴を上げた。
テレビに映ったきのこの背後に、着物姿の中年女性が映っていたのだ。
つづく
オハヨうなぎの鳴く夜に(四)
「変なものが見えるようになった。」きのこが盛んにそう訴えるので、紐田は、きのこを信州の病院に入れた。
マスコミには“語学留学”などと適当な事を伝えた。
車は同車種の物を買い、周りの人間には前から乗っている車にしか見えない。
そしてある日、紐田は再び信州中央道路を走っていた。
空は暗くなり、再び事故現場の辺りを通った時のことである。
バックミラーに着物姿の女性が映り、だんだんと近づいてきた。
紐田はアクセルを最大に踏み込んだが、着物の女性はすぐ後ろにやってきた。
直後、目の前にガードレールが迫り、深い断崖になす術なく車は落ちていった。
数時間後、信濃県警山中署が捜査を開始した。
東京から飛ばされて来た海老原蟹蔵は、「またかよ!」という表情で崖下を眺めていた。
つづく
オハヨうなぎの鳴く夜に(五)
このところ、信州中央道路では同じ様な事件が続発していた。
事故を起こしたのは、すべてが××自動車製の車ばかりである。
技術的な問題が起きている可能性が高いが、××自動車からの応答は、「技術的な問題は全く生じていない。」というものだった。
車や遺体を回収した後、海老原は車を販売した中古車業者を訪れた。
これまでの事件の捜査で、販売した業者は分かっている。
海老原は中古車販売店に着くと、責任者を問いただした。
海老原
「おい、××の事故車はどこから買った?
正直に答えた方が、身のためだと思うがな。」
責任者
「それがねえ旦那、我々にも守秘義務というのがありまして…」
海老原
「マスコミが事件を報道して、この会社の名前が出ればどうなるかな?
ぺんぺん草が鳴き、閑古鳥が生えるのも、そう遠くはないだろうな。」
つづく
オハヨうなぎの鳴く夜に(六)
結局、中古車販売店からは何の情報も得られなかった。
次の日、しびれを切らした海老原は直接製造工場へ向かった。
本社製造工場は遠く、一日以上かかってようやく辿り着いた。
時刻は午後四時となっていたが、工場の屋根は太陽を反射してギラついている。
突然、どこかから「うわっー!」という大きな声が上がった。
海老原は整備工の一人に近づいて、事情を聞いてみた。
海老原
「おい、一体ありゃ何なんだ ?」
整備工
「最近、どういう訳か従業員が反乱を起こすようになって…」
海老原
「それで?」
整備工
「それ以上のことは、ちょっと…」
整備工は小さな声で囁いた。
整備工
「終業まで待ってくだされば、お話しましょう。」
つづく
海老原は終業まで車で待ち、軽食喫茶で話を聞いた。
整備工
「ここのところ、従業員が憑かれたように暴れ始めることが多くなりましてね。」
海老原
「何か思い当たることはないか?」
整備工
「思い当たることと言えば、大場のことだけですわ。
大場有男って言う、車の製造ラインで働いてた男がおりましてね。
そいつがある日、機械に腕を巻き込まれてしまった。
すぐに機械を止めてやれば良かったんですが、遅れて、肩から先を失ってしまったんです。
その後、もう生産ラインでは働けないんで、クレーム処理係りにまわされたんだそうですわ。
ところが、クレーム処理係りの島田っていう上司が悪い奴でね。
大場のことを毎日いじめるようになった。
大場が家庭の事情で中学しか出てないのをネタにして、“バカだ、無能だ、早く死ね”などと、とにかくしつこく毎日やったようなんですよ。
それだけならまだしも、必要のない仕事を長時間やらせるようになりましてね。
大場の睡眠時間は四時間を切っていたと言われています。」
海老原
「パワハラだな。
それから?」
つづく
オハヨうなぎの鳴く夜に(七)
整備工
「大場は鬱病に罹り、病院に入りました。
一時良くなって退院したらしいんですが、また同じ職場じゃねぇ…
また鬱病がぶり返して、退職後に自殺しました。
奥さんも後を追うように、信州の実家の方で自殺したと聞いています。」
海老原
「きっとそれだ。
クリティカルヒットだよ。」
整備工
「私がこんなことをお話するのもね、刑事さん。
気味が悪くて仕方がないからなんですよ。
これまで真面目に働いてきた従業員が、突然仲間を襲ったりするんですから。」
海老原
「わかった。
必ず解決するよ。」
整備工
「でも、私たちの会社をあまりいじめ過ぎないでくださいよ。
それからね、技術的には何の問題も起こっていませんよ。
私が自分で整備してるんだから、わかります。
ただ、クレーム処理係りが適切に本社へ報告してるかどうかは怪しいですがね。」
海老原
「実は信州の方で、××自動車の車がたて続けに転落事故を起こしているんだ。
くたびれているところを済まなかったな。」
海老原は勘定を済ませると、整備工と別れた。
次に海老原が向かったのは、クレーム処理係である。
海老原は捜査権を行使して、強引に担当者に迫った。
海老原
「おい、島田ってのはお前か。」
担当者
「ち、違いますよ。
島田はもういません。」
海老原
「そうか、それじゃそれはまあいい。
ここへどんなクレームが来てるか、正直に話してもらおうか。」
担当者
「それは会社の方と相談してからでないと…」
海老原
「今すぐお前に手錠をかけて、連れていってもいいんだぞ。
既にネタは上がってるんだ。
会社は、全てお前のやったことだと言い張ることだろう。
隣近所はもちろん、家族や親戚までお前を犯罪者として蔑むだろうな。」
担当者
「わ、わかりましたよ。
それじゃあ、クレームの記録を見てください。」
海老原が記録に目を通したところ、大半が「車の中で変な声が聞こえる」というものだった。
つづく
オハヨうなぎの鳴く夜に(八)
これはどうやら、人間の捜査だけでは限界があると感じた海老原は、一度信州に戻った。
霊能力が枯れたと言われている、元霊能者の伊塔愛子を訪ねた。
伊塔愛子の家は高い山の上にあり、山登りが必要だ。
数日前にあった北信濃の地震で、伊塔の家は倒壊していた。
伊塔
「ちょうどいい所に刑事さんが来てくれたわ。
見ての通り、住む所が潰れてしまって…」
海老原
「どうやら、また霊の関与したと思われる事件が起きまして…」
伊塔
「もう霊の事件は無理だと言っているでしょう。
そんな事より、家を建てるの手伝って下さらない?
小さな家だから、すぐに建つわ。」
海老原
「仕方ないなあ。
こんな所じゃ大工さんも嫌がって来ないだろうし。
俺が手伝ったら、伊塔さんもこちらを手伝ってくださいよ。」
伊塔
「だから、霊能力などもう無いと言うのに。
絵薔薇焼肉氏とか、霜寝た子氏とか、有名どころを頼めばいいじゃないの。」
海老原
「絵薔薇焼肉氏なんていかにも大食いそうじゃないですか。
たぶん、豚肉一年分とか要求されますよ。
霊能力は無くても、霊の知識が有ればいいんですよ。」
伊塔
「ふうん。
じゃあ、できる範囲でやりましょう。」
海老原は建築を手伝いながら話を続けた。
海老原
「ところで、青木先輩はどうなりました?」
伊塔
「まだ子供ね。
ガンダムがどうしたとか言ってるわ。」
海老原
「ああ、でも還暦越えても、ガンダムがどうしたとか言っている人もいるから。
まあ、その話はいいでしょう。
今回の事件は、地元の自動車の連続転落事件が発端なんですよ。
その自動車会社を調べてみると、いろいろ問題が起きているみたいで…
信州の方まで来て自殺した、大場景子という女性がいるんですよ。
その女性がキーマンじゃないかと。」
伊塔
「あんまり近寄りたくないような話だわ。」
つづく
オハヨうなぎの鳴く夜に(九)
自動車で転落死した紐田。
海老原刑事は、紐田の人間関係から林野きのこを割り出し、病院を訪ねた。
伊塔も同行している。
海老原
「君はタレントの林野きのこだったのか。
何が起こったのか詳しく話してくれないか?」
きのこ
「私、何が起こったのかなんて、さっぱりわかりません。
それよりも、紐田さんどうしちゃったんです?」
海老原
「紐田さんは自動車で転落死したよ。」
きのこ
「ええっ!!!?……………。
まさか霊とかじゃ?」
伊塔
「よく霊のせいだなんて分かったわね。
正直に話してごらんなさいよ。」
きのこ
「前に信州中央道路で、人らしきものを轢いてしまったんです。
紐田さんに、その事は話すなと言われていました。
でも、変なものが見えるようになってしまって…」
伊塔
「変なものって、一体どんなものなの?」
きのこ
「着物姿の色白の女性だった。
病院に来て、薬をもらうようになってからは、あまり見えなくなったけど。
でも、まだ周りにいるような気がする。」
海老原
「今回の事件では、もう何人もの犠牲者が出ている。
たぶん同じ霊だ。」
伊塔
「それが信州の方へ来て、自殺した大場景子とかいう人ね。」
きのこ
「一体何がどうしちゃったんです?
私、何が起こっているのかさっぱり分からなくて…
こんなことになるなら、轢いたときに確かめて置くんだった。」
つづく
オハヨうなぎの鳴く夜に(十)
海老原たちがもたもたしている間に、××自動車の本社工場では深刻な事件が起こっていた。
工員の一人が警官の拳銃を強奪し、工場内で無差別発砲を行ったのだ。
三人が死傷し、犯人の工員も自殺した。
しびれをきらした海老原は、車を販売した中古車販売業者を強引に引っぱり、重要参考人として取り調べた。
中古車販売業者の話によれば、××自動車の車を持ち込んだのは、武田信一という者だという。
早速、海老原は伊塔と共にその武田の所へ急行した。
武田は××自動車の技術研究者の一人であり、信州中央道路沿いに住んでいた。
武田の家に着いた頃には、空はもう薄暗くなっていた。
玄関に出てきた武田信一を確認すると、海老原はいきなり武田に詰め寄った。
海老原
「おい! 一体お前は何をしているんだ?
車を中古車店に売ったのは、お前だな。」
武田
「そうですが、それが一体どうしたって言うんです?」
海老原
「その車で何人も死んでいるんだよ!」
武田
「私はただ、山道の走行実験をしているだけですよ。」
海老原
「嘘を言ってもすぐ分かるんだぞ!
このおばちゃんは霊能者だからな。」
武田
「嘘じゃありません。」
海老原
「武田、お前拳銃の発砲音を聞いたことがあるか?
人生の最後に聞いてみるか?」
武田信一は、この刑事はまともじゃないと感じたようだ。
武田
「それ程までに言うのであれば、一緒に乗車してみてください。
良いものを見せてあげますよ。」
つづく
オハヨうなぎの鳴く夜に(十一)
武田は海老原と伊塔を乗せると、車で信州中央道路を走った。
武田
「私も最初に轢いた時には、“しまった”と思いましたよ。
ドンと重い衝撃が来ましたからね。
でも、そこには誰もいなかった。
二回目にぶつかってピンときました。」
海老原
「何の事だ?」
武田
「女性の霊体ですよ。
着物姿で体格のいい。
これは格好の実験材料だと思いました。
普通、衝突実験には人形を使うんですが、やはり生身の人間とは違います。
特に車のダメージがリアルではない。」
海老原
「馬鹿かお前?」
武田
「霊なんて、何回ぶつかったって減るもんじゃなし。
別に犯罪でも無いしね。
もう20回以上は実験してますよ。」
伊塔
「物体化してくる霊は相当に強い念を持っています。
ただでは済まないでしょう。」
武田
「私なんともないですけどね。」
海老原
「お前はなんともなくても、もう何人も死んでるんだよ。」
武田
「私は会社のために働いているだけですよ。
自分で殺してる訳じゃない。」
海老原
「自分で殺してないと言うけどな、アウムの麻原だって自分で殺した訳じゃないんだぜ。
でも死刑だ。
それにしても、どうしてこんなにブラック企業が増えてしまったんだろ。」
伊塔
「日本人は怒らないからでしょ。
怒らずに泣き寝入りするだけ。
だからブラック企業のやりたい放題。」
海老原
「俺みたいに、腹が立ったら酒を飲んで暴れるくらいでいいのかな。」
伊塔
「そう、それが正しい道徳というものよ。
不正義に対して怒るのも、男性の大事な仕事の一つ。
泣き寝入りしてしまうと、次の誰かがまた泣かされるだけよ。」
武田
「なんと言われようと、我々は合法企業なんです。
それより、もうすぐですよ。
トンネルを抜けて、少し行った所に出るんです。」
海老原
「合法なのは、たくさん献金してるからだろ。」
伊塔
「たとえ法が許しても、手や足を失った人の苦しみ、遺族の悲しみが消える訳ではない。
怨霊となって呪い続ける。
いつかは報いを受けることになりますよ。」
トンネルを抜けると、武田は加速して実験態勢に入った。
武田
「ほぅら、おいでなすった。
あっ? ぁあああ!!」
強烈な衝撃が加わって、武田は車を止めた。
海老原たちは降りて、辺りを照らしてみた。
体の一部が砕けて倒れていた少女は、海老原たちにも見覚えのある服を着ている。
病院を抜け出して、事故現場を見に来た林野きのこだった。
オハヨうなぎの鳴く声が、みりみりと響き渡り、夜の霧が冷たく感じられた。
完
自動車関係の方が不快に感じたなら御容赦ください。





