「何で草とりしないといけないの?」
小・中・高と掃除の時間に必ずさせられた草とり。
今でも時々親に頼まれることがある庭の草とり。
地域や自治体でたまに行われる公共の場の草とり。
まぁ草はのびたら草とりをするのが世の中の当たり前。これが世論だ。
ではそんな当たり前に一言反論させて欲しい。
「草とりって環境破壊じゃないの?てかほっといたほうがエコじゃん」
正直ぼくは環境活動家でない。ただ草とりをやりたくなさすぎて以前親にこのセリフを言ってみた。
世間的には完全に苦し紛れの屁理屈である。
ちなみに親の返事はこうだった。
「草とりしないと虫がわくし見た目が汚い。それと雑草は大してCO2削減に貢献してないんじゃない?だからいいんだよ」
〈親の回答を分析〉
◆草とりしないと虫がわく件
これは理解できる。草がのびれば虫が住みやすいし、エサとかも増えそう。
◆見た目が汚い件
これはどうだろう。まあ理解できなくもないけど、個人的には草とりにかける労力を考えた場合、見た目は目をつぶるべきだと思う。
◆雑草のCO2削減に対する貢献について
これは全然理解できない。理科の授業で植物は光合成をするために二酸化炭素を吸収し酸素を排出すると習った。仮に雑草はその吸収・排出量がわずかだとしても、全国の、いや世界中の小・中・高校生や自治体のおばちゃん、おじちゃんが毎回草とりをすれば環境破壊に繋がるのではないだろうか。
〈倫理的な角度からみて〉
そもそも何で雑草だけ抜かれるんだろう。雑草だって生きているんだ、花壇のチューリップやパンジーと何が違う?雑草も時期がくれば目立たないけど花も咲かす。
〈まとめ〉
草とりは本来しなくてもよいと思う。ていうか人間以外の生き物にとっては草はむしろあった方がいい。さらに微量であると思うが地球環境の破壊につながっていることは間違いない。しかし人間は傲慢な生き物で、自分たちの生活に支障をもたらす可能性のある虫の発生を排除したがり、また見た目を気にしすぎていると思う。
特に見た目の件は目をつぶるべきだと思う。そんなに苦労して毎回毎回どうせすぐに伸びる草とまるでいたちごっこ。草とりにかける労力や時間をもっと他に使うべきだ。
ちょっと校庭の草がボサボサでもいいじゃないか。ちょっと道路に草がはみ出していてもいいじゃないか。ちょっと庭の草が伸びっぱなしで近所の人に奇妙悪がられてもいいじゃないか。
もしそれでも草とりをするのであれば「人間は己の欲望、そして見た目の美しさのために植物を殺し、生物の住処をうばうのだ」と自覚し、潔く悪者になろう。後ろめたい気持ちで草とりをする。それが雑草に対するせめてもの罪滅ぼしだと思う。
ぼくは金輪際草とりをもうしない。むしろ伸ばすことを地球のために勧めようと思う。
結論【草とりは人間の傲慢 SAVE THE EARTH】
[※この記事は本ブログタイトル通り、のちに書籍として出版します]