久し振りに、お肌ケアの関連で書きます。
と言っても、転載ですが(*^。^*)
植物も、人も、お肌も「育つ」ってこういうことですよね。
成功しているとは言えないけれど、つぶれずにはやってきています^m^
「続いていることが成功」と、京都の染色家たまみ先生がおっしゃっています。
他のスキンケアがやっていることと反対のこと、やってます
・・・・・・FBより転載・・・・・
「育つと知れ」 岡本よりたか
「未来を創りたいと思うなら、人に勧められた道とは反対の道を行け。全ての人から反対される者だけが成功者になれる。」
僕はいつもこの言葉を唱える。誰かの言葉ではなく、自分が思う言葉なのだが、僕は出来るだけこの言葉に自分を従わせてきたつもりである。
コマーシャルのアシスタントから始まり、TVディレクターになった時もそうだ。ITを始めた時もそうである。だが成功者ではなかった。振り返ってみれば、どこかで誰かに応援してもらいたくて、誰かの賛成を探していたし、歓迎されて安心もした。つまり、従ってなどしていなかった。
農業を始める時、同じ想いがあった。農業で稼いでいる人も見ていたし、失敗した人も見ていた。だから、自分が進む道はそのどちらでもない方向に行きたかった。未開拓の領域である。
無肥料栽培は、未開拓の道ではなかった。先人はいた。福岡正信、岡田茂吉、川口由一、木村秋則。いや、まだまだいる。だが、少なくとも、誰も無肥料栽培の道に賛成しなかった。素晴らしい選択だと言う者はいなかった。
無肥料栽培を始める時に、僕は最初は本に頼った。そして情報を集めて、その波に揉まれた。しかし、上手くいかない事だらけであった。開墾初年や暫く放置した畑では上手くいくが、続けると上手くいかない。失敗すると本を何度も読み直した。
ある時、僕は農業の本を読むのをやめた。自然農法であろうが、自然栽培であろうが、一切読むのをやめた。そして、もう一度、自分の言葉を振り返った。ごく僅かであっても、成功者のいる世界で、その人を目指したら失敗するのではないだろうか。なぜなら、それはその成功者か勧めた道であるからだ。
次の日から、僕は自分の心に従い、使いたい物は使ったし、使いたくない物は使わなかった。何かの括りとか、規則とか、定義などというものはクソ食らえ(失礼)と思い、自分が思うままに栽培する事にした。先駆者の進んだ道を歩くのはやめた。つまり、後押しする者は一切いない状態に自分を追い込んだわけだ。
すると途端に上手くいき始めた。答えはあったのだ。たったひとつだが、答えはあった。
その答えとは、「育つと知れ」である。
マトリックスという映画の中で、素早く動けないキアヌが言われる言葉に「速いと知れ」というのがある。その言葉は映画では解説されないが、つまり、素早く動けないのは、自分の心がブレーキをかけているからである。それが「常識」というファクターなのである。
農業の世界でも、常識というものが心を占有してしまっている。この常識が全ての事象から目を背ける原因となる。肥料がないと育たないとか、農薬がないと全滅するとかという常識はもちろんだが、無肥料栽培の先人達の教えさえも常識として捉えてしまう。そうすると、いつまでもその常識に囚われて、一番見るべき対象である作物を見る目が曇ってしまうのだ。
育つと知れ。
解説するならば、自然は自然のままの状態であれば、植物は育つのが当たり前であり、それを妨げているのが、栽培者の心であり、思い込みという事だ。
自然の状態とは何か。それは草を生やしっぱなしにする事ではない。人が開墾し整地してしまった畑や田んぼで、どんなに草を生やしたところで、自然ではない。だったら、自然はどの様な状態である事を望んでいるのかを知り、それを模倣する方が、実は近道なのである。
草の生やし方、刈り方、土の作り方、畝の作り方ひとつひとつを、自然が求めている姿に近い状態に作り上げて行けばいいという事である。
こうしたやり方は、決して勧められる事はない。多くの農業者は反対するだろう。だが、周りの意見に惑わされ、誘導されてしまえば、成功というゴールは遠ざかるだけである。
なぜなら、反対されるからこそ、活路を見出すエネルギーが生まれるからだ。
・・・・・転載終了・・・・・・・
こう見ると「育つ」って、みんな一緒
ではまた