お茶会で受けた質問で、
印象に残ったものが2つありました。
①いつくらいから
【不倫は、
自分を苦しめるために起きたわけじゃない】
と思えるようになったのですか?
②何をもって
【夫婦再生出来た】と思えましたか?
うーん、その時うまくお答え出来なかった気が。
まず、①ですが、
思いきったことを言いますけど、
発覚した時から。ですかね。
このブログに、
どれだけ苦しんだか綴ってきたので、
すごく矛盾するようなことを言うようですが、
私は最初から、どこかで
夫の不倫を経験したかったのだ
という想いがありました。
これは実は、苦しみの渦中でも
場面場面で口にしてきたことでした。
私は「魂」というものの存在を信じています。
だって、
何故生まれて、何故死んでいくのか?
魂を成長させたいんじゃないのかなー?
と思っていたのです。
そうじゃなければ、
自分のことだけ考えて、騙して、奪い合って、
ただただ、
欲を貪るような生き方を選ぶんじゃないかと。
でも人は何故か、
美しく生きたいと思うじゃないですか。
それは何故か?と。
過去に、
本気でここを考えていたことがあったので、
魂を成長させるため、
色んな経験をしたくて
生まれてきた。
と前から思っていました。
人はこれをスピリチュアルとか呼びますね。
発覚当時は、
「私が人の痛みをもっと知るために必要なんだ」
そんなふうに思っていたのですが、
今、たくさん学んで思うことは、
むしろ、
自分と仲直りするため。
自分を愛するため。
だったのかなって。
結果的に、人に優しくもなれるんですけどね。
本当に、自分を知れば知るほど
どれほど自分をこじらせて来たのか!と
思うのですよ。
やっぱり、ピンチはチャンスでした。
そして②の、
何をもって夫婦再生なのか?ということ。
まず、私は夫婦再生した人に入るのか!?
と思いました。
何を以て、夫婦再生と呼ぶのか、
ものすごく人によって違うのかもしれない、
と気付かせて頂きました。
私はね、
やっぱりまだ残っている相手の女性への怒り、
これがもう少し消えてからかなー?
という想いが、ふと湧いてきました。
だとすれば、きっと私にはそれが正解かな
夫とは仲良く暮らしていても、
きっと私はまだ、夫婦再生途中、なのかなって。
基準は人それぞれでいいんでしょうね。
つまりは、夫婦の間に
自分は何が欲しいのか?
どこに辿り着きたいのか?なのかなー?
夫と仲良く暮らせるようになれば、
相手の女性を憎んだままでもオッケー!とか、
夫とは別に仲良くないけど、仲悪くもない。
でも気にならないからこれでオッケー!とか。
夫婦再生という言葉、深いですね!
でも、夫婦再生よりも、
やっぱり自己再生の方が幸福度は高いと思います。
ひとまず、今の私が思うことでした。
読んで頂いてありがとうございます。
必要な方に届きますように。
愛を込めて。 伊織より
(これは2020年の記事です)
伊織

