あるお店へ行ったときのこと。
室内空間の配置や張り紙の貼り方が
学校のような配置
ナルホド
エーテル認識ができない場合
このような置き方や配置になり
「○○はここに置いてください」的なルールが生まれていくんだな、と。
もしもエーテルが認識できれば
その空間や机上へ
○○や□をどこに置けばいいか?
ピッタリの場所を認識でける。
はじめのはじめはルールとエーテルによる配置は
近しかった可能性もあるけど
「なぜここに配置しているのか?」
エーテル認識ができない人達→できない人達→→→→の流れの中でいつの間にかルールだけが残って
元を認識できぬまま説明できぬま
ルールと支配が密接になり
支配を鋳型とする二元オリオンがルールを管轄するようになり「決まってんだからやれよ!」の世界へ突入。これが学校教育にも適用されてきた
かな!
オーラ
エーテル、空間認知
全てを認識できなくなってるゆえに発生するのがルールで
森羅万象を感じる感度の低下
人間の方が上だという傲慢や鈍化により発生してきたものだとも言える
ルールを守れない場合に発生するのが罰則であり
その定義や境界線が「法律」
法律関係者にオリオンが多いのもデフォルトの目の使い方と明確な境界線を引けることと、二元オリオンの支配や攻撃性による現象や事件の鋳型を認識できることが関係してそう。
警察がオリオンなのもコレ
ちなみにUnityオリオン
Neoオリオンは明確な境界線は認識しつつ
支配のドラマは生きてはいない。
2027年
はじめにやってくるのがオリオンというのも頷けるところ。
☆
先日のセッションにて🌐
マナーや格言みたいなことに厳しかったという祖父さん
祖父さんは、それをしてはなぜダメなのか?を
エーテルで認識できてらした。
子供がやりがちなあることをすると「境界線の向こうからやってくる存在に引っ張られる」とか、「呼び込む行為になる」ことを認識してて、それらの行為をした孫へは厳しく注意する。
孫が大切だから
エーテルの仕組みを認識できて
厳しく注意したり、躾を行う人と
「ルールだから」と鈍化と支配を生きる人が
厳しく注意したり躾を行おうとする人の言葉では
言葉に乗るエネルギーやパワーが別物
エーテル認識できてない場合は言葉にパワーがないゆえに、暴力や恫喝めいたものになり力で押さえつけようとする。
前提には「お前は分かってない、俺は知ってる」
「俺の方がパワーがある、上」
エーテル認識からの言葉は
「認識できる者」から大切な存在への忠告
前提は「私もあなたも知っている」







