いつかきっと~起立性調節障害からの足跡~ -9ページ目

いつかきっと~起立性調節障害からの足跡~

いつかきっと元気だったあの頃が戻ってくるよね。

真っ暗だったトンネルに小さな光が見えたから。



今日が今年最後の授業でした。

一月に一度ずつ授業があり、二月に後期試験があります。



あと少し!

単位を落とさないよう踏ん張りたいと思います!



体調が悪くて出席出来なかったりで

毎年出席状況がギリギリなため、この時期はいつも追い込まれているような状態です;









始った三学期。

周りは受験でピリピリするなか、相変わらず保健室の常連だった私。



お灸がいいと言われ、毎朝お灸を据えてもらいそれから学校へ。

学校に行くのが不安で恐くて、出て行く前に涙を流す毎日。



無理してでも、学校に行かないといつか行けなくなってしまうんじゃないか

だから学校に行かなきゃ

でも、恐い…恐い…

そんな不安と毎日のように戦っていました。



まだまだ、母も、私自身もこの起立性調節障害(OD)のことを

理解できていませんでした。



遅刻して登校し、そのまま真っ直ぐ保健室へ。

調子がいい日は最後まで学校に居れるけど、具合が悪くなったらすぐ帰る。

そんな毎日の繰り返し。



具合が悪くて早退しても、家についたらすぐに具合は良くなる。

きっと心からホットできるから。



怠けてるんじゃないよ…

だから、早退した日は罪悪感でいっぱいでした…







そろそろ、来年度の時間割を決める時期になりました。



一人一人受講する科目も時間も違うのでみんなそれぞれです。



基本は四年間での卒業なのですが、私は前籍高校での単位が少しあるので

高認を受け合格して単位を習得すれば

三年間での卒業も可能だと言われていました。



はじめは、「だったら三年間で卒業する!少しでも早い方がいいから!」と思っていました。

同級生から遅れを取りたくなくて。



でも、時間が経てばそんな遅れが私自身あまり気にならなくなり

ゆっくりでいいや、ゆっくり四年間かかって卒業しよう、と思うようになりました。



しかし私は、『学校』というトラウマから今だ抜け出せずな状態です。

具合が悪いなか学校に通ったり

学校で突然具合が悪くなったり

毎日のように具合が悪い中での学校生活だったので

だんだん学校へ行くのが恐くなりました。

通信制の学校に転学したら、少しはよくなるだろうと思っていたのですが

根が深いようで、簡単にはいきません><



その事を母に話したら、

「だったら、三年で早く卒業して、”学校”っていうのを早く取り除いた方がいいのかもしれないね」

「早く卒業して、体作りのためにバイトしたりして…

先のことはそう考えずに、行き当たりばったりでもいんじゃない?」

そんな風に言われました。



良くも悪くも、そうと思ったらソレしか見えなくなる私に

別の道を、進み方を教えてくれるのはいつも母です。



学校を卒業したら、専門学校に行く。

そんな焦りが、自分を縛っていたのかな~なんて思います。

自分では縛ってるなんてそんなつもりなかったけど…



母「(専門学校だって)必ず通らなければいけない道じゃないし、また行きたくなったら行けばいい」



今まで先のこと先のことばかり考えて、行き当たりばったらなかったので

それでいいのか不安はあるけど

思い切って行き当たりばったりの道を選んでみようとおもいます。



今は体を治すのが第一。

環境をまたがらりと変えるのはいいことだと思うので

早く卒業できるように頑張ろうと思います。



そんなことを思った先日。。。