広島市現代美術館へ「山口啓介 後ろむきに前に歩く」展を観に行ってきました。

 

最初、副題を読んだ時に「自分と同じことを思う人がいるんだ」と興味を覚えました。

かつて「ポジティブ」が鬱陶しいくらい世の中で「正しいこと」として広まっていた時期、「ネガティブの何が悪いんだ。ネガティブでも前に進める」と捻くれ者の私は思ったものでした。

山口さんは「人は未来を見ることはできず、見えるのは過去か、今という瞬間だけだから、後ろむきに前に進んでいるようなものだ。」と語っています。

 

さて、個人的には初期作品の銅版画に魅力を感じます。

《Calder Hall Ship-ENOLA GAY》は4×5枚の銅版画で構成された作品。

原子力発電所の冷却塔、プルトニウムの輸送船、広島に原爆を落としたエノラ・ゲイのイメージを描きこみ、ハチの巣のような不気味な物体が画面に散在します。

不気味な黒い船、不気味な物体、落ちてゆきそうな渦、銅版画の暗い画面…世の中の不穏な空気を表しているようです。

銅版画は刷れる画面の大きさに制限があるから4×5枚で構成されているのですが、世界の分断を表しているようにも見えてしまいます。

方舟やお墓をモチーフとした作品も印象に残ります。

 

次の部屋からは一気に明るい世界となります。

花や種、花と心臓とを合わせたような作品。階下では顔も加わり、空や山といったものが加わります。

この辺になるといかにも「現代アート」的で、作品を解釈しようとすると訳が分からなくなりますが、生命に対する思いが強い方なのだろうとは感じます。生命を取り巻いているもの、その根源となるものを表現されようとしているのかなと。

 

一人の顔が一つの目を共有して2つに分かれて違う方向を見ている《共存する2つの顔》という作品。

物事は違う方向で視なくてはいけないという意味か。

猫を頭に乗せているのは、人はみんな”猫をかぶっている”からだとか。こういうユーモアは好きです(^0^)

 

《光の樹/粒子と稜線》という作品は、今は亡き?カセットテープのケースの中に押し花と透明な樹脂を入れたものを積み上げて作られた立体作品。

押し花って上手な人が作ると瑞々しくて生花のようですから、純粋にキレイです。

未来へ命を繋ぐといったイメージでしょうか。

 

 

最後の部屋は《震災後ノート》。

東日本大震災後から毎日、震災や原発などに関連する事柄がノートにびっしりと書き込まれており、絵もあるので絵日記のようでもあります。

過去・現在をしっかりと記録し前に進もうということでしょう。

 

初期作品で印象的な船、方舟のイメージは、現在、「歩く方舟」へと変化しています。

船はひっくり返り、福島原発の建屋を思い起こさせる水色と白の模様が描かれ、1号機~4号機に対応した突起が出ており、下からは足が生えてきていて歩けるようになっています。

この作品は香川県の男木島で大きなものが展示されているとのこと。

福島まで歩いて行って原発の建屋に被せてしまおうという発想だとか。

隠蔽のイメージと重なるのでそこは引っ掛かりますが、生命を脅かすものを封じ込めるようとするのは理解できますし、それをこんなユーモラスな形で表現するのは面白いです。

 

原発の問題以外にも大きな問題が山積しているのは日本だけでなく、世界中でもそうでしょう。

今現在の状況がどういった理由でそうなっているのか、過去から学ぶことによって前に進もうというメッセージなのかなと思いました。

 

会期末も近いので興味を持たれましたらお早めにどうぞ。