古墳というロマンあふれる古代遺跡に興味を惹かれたのは、小学生の頃だったかと思います。
それから幾年月。大きな古墳、有名な古墳、歴史的価値の高い古墳、ちょっと変わった古墳、などなど多くの古墳を巡って来ました。そして最近、九州旅行でようやく見ることの出来た「装飾古墳」が気になっています。
九州、特に熊本県や福岡県で多く発掘されている装飾古墳は、その名の通り、内部の壁や石棺に装飾が施された古墳のことです。今年の九州旅行の目的はその装飾古墳を見ることだったのですが、 王塚装飾古墳館 (福岡県桂川町)は、春に火災があり休館中、チブサン古墳 (熊本県山鹿市)は、訪問する曜日を間違えて内部見学出来ずに終わるなど、間の悪さを発揮してしまい、再訪必須となってしまったのでした。次はいつ行けるのでしょうか・・・。
そんな九州に多く存在する装飾古墳ですが、東日本にも装飾古墳が多くある地域があります。それが 茨城県。なかでも 虎塚古墳 は、全国有数の模様がはっきりと残る装飾古墳で知られており、東日本を代表する装飾古墳と言って良いかと思います。そんな、虎塚古墳では、毎年、春と秋に一般公開をしていますが、今まで機会も無く訪問出来ていませんでした。しかし、今年は、夏季旅行の熱気を引き継いで、秋の一般公開日の日程をキープして臨んだのでした。
 
そして11月の中頃。最初は、車で現地まで行こうと考えていましたが、交通手段を見ると公共交通機関でも問題なく訪問可能なようです。しかも ひたちなか海浜鉄道 にも乗れるとなれば、折角なので乗ってみようかと向かったのでした。車ばかり使用していたためなのか、意外に鉄道のコンプリート率が低いようで、こちらも初乗車となるようです。安価な鉄道フリー切符をよく使っているため、乗り鉄と勘違いされることも多いですが、旅行の交通手段で利用しているのがメインのため、意外に鉄道知識も路線踏破率も低かったりしています。これからですかね。
 
そして当日。上野駅を経由して特急に乗って勝田駅に向かいます。
 
 
 
フリーきっぷで移動することが多いため、特急に乗るのも久しぶりです。いやぁ、楽ですね。あっという間に勝田駅に到着してしまいました。
 
 
 
勝田駅からひたちなか海浜鉄道に乗り換えとなりますが、ホームが、JRのホームに併設されておりました。運行状況は、30分に1本程ですから少し待ち時間があるようです。ホームにある長いベンチに座って待ちます。乗客は、時間前に少しずつ増えてぼちぼちといったところ。
 
 
 
駅名標にかかれている駅名は、名物や特徴が意匠となっています。
 
 
 
勝田駅~中根駅まで190円。安いです。
中根駅までは3駅程。降りる人は3人。1人は、おそらく目的地が同じようで初めて来た感が出ています。
 
 
 
7世紀前半頃に築造された虎塚古墳にちなみ、矛(ほこ)と前方後円墳が描かれています。
(ひたちなか海浜鉄道ホームページより)
 
 
虎塚古墳をイメージした中根駅の駅名標。いやはや、面白いですね。虎塚古墳には、一般公開の時に行こうと思っていたため、なかなかその機会も無く今回が初訪問です。
 
 
 
 
 
案内看板もこれでもかという程に凝っています。駅からは、約2km。のんびり歩いて30分ほどだそうです。
 
 
 
ひたちなか海浜鉄道のホームページでは、秘境駅と紹介されている中根駅。
確かに周りに建物はありませんが、頻繁に車も通りますし、舗装道路ですし、とあまり秘境感はありません。人はいませんけどね。収穫されたサツマイモ畑をみながら、歩いていきますと
 
 
 
 
途中には、特に説明書きもなく畑の中に石室だよなという遺跡があったりもしました。
後で見た埋蔵文化財調査センターの情報からすると、虎塚4号墳の模様。
 
 
 
案内標識に従って歩いていけば、目的地の虎塚古墳史跡公園に到着です。
ひたちなか市埋蔵文化財調査センターという博物館が併設されていますが、まずは、本命の虎塚古墳に向かいます。
この建物で受付を行っていて、観覧料は、160円・・・いやいや、もう少し徴収してもいいですよと思ってしまう程に謙虚な価格設定です。広く知ってもらうことが目的と考えると大変有り難いです。
 
 
 
観覧券と説明書きを頂きました。
 
 
 
虎塚古墳は、前方後円墳・・・なのですが、上手く写真では表現できていませんね。
 
国指定史跡 虎塚古墳
 
 虎塚古墳は、大字中根指渋(さしぶ)に位置し、本郷川右岸台地上に築かれています。全長 56.5メートルの前方後円墳で、後円部は直径 32.5メートル、高さ 5.7メートルで前方部は幅 38.5メートル、高さ 5.2メートルを測ります。前方部が発達した後期古墳の特徴を持っています。
 昭和48年(1973) の発掘調査により、後円部南側に凝灰岩製の横穴式石室が発見され、石室内には、東日本でも珍しい保存状態が良好な彩色壁画が見られました。壁画は、凝灰岩の表面に白色粘土を塗り、ベンガラ(酸化第二鉄) で連続三角文や環状文などの幾何学文と、靭(ゆき) (弓矢を入れて背負ったかご)・槍・楯・大刀などの当時の武器・武具や馬具・装身具などの文様が描かれています。天井や床面も赤く彩色されています。
 石室の内部からは、成人男性一体の遺骸と、黒漆塗大刀・刀子(とうす) (小刀)・鉄鏃(てつぞく) (鉄の矢じり)などが出土しました。墳丘の特徴や出土遺物から7世紀前半頃に造られたと考えられます。
 また、本古墳は、石室内調査に先立って、石室内の科学調査 (温・湿度、空気組織、
微生物等) を日本で最初に実施した古墳であり、公開保存にあたっては、これらの重要な記録をもとに施設の設計・施工がなされ、昭和55年(1980)に完成しました。
 春と秋には壁画の一般公開が行われています。
 
指定日 昭和49年(1974) 1月23日
設置者 ひたちなか市教育委員会
(設置説明看板より)
 
 
 
朝早く来たこともあり、待ち人数はテントに収まるほど。子供達もいて賑やかです。
中は狭いため4名程度の入れ替え制の模様。待っている間に冊子を読んだり、十五郎穴横穴群の行き方をレクチャー頂きます。
早く来た甲斐もあり、それほど待たずに自分の番になりました。他の方と3名で解説を聞きながら、石室内を覗き込みます。内部は撮影禁止です。
 
 
 
石室内は、保護のためガラス越しで観察窓から見ることになります。解説があると理解が深まって有り難いです。驚いたのは、左手前に骨壺が置かれていたこと。そう、古墳はお墓ですから、埋葬された方が自分のお墓に入るのが自然というもの。きちんとその辺りまで考えている所に感心してしまいました。
 
 
 
その後は、十五郎穴に向かいます。
知らずに行くとビニールのかけられた場所と勘違いしてしまう方もいるらしく、実際の場所は、その先とのこと。埼玉県民向けに説明すると吉見百穴のような横穴墓群ですが、こちらは調査継続中ではありますが、500基を軽く越える数があるとか。十五郎穴の名前の由来ですが、仇討ちで有名な曽我兄弟(五郎と十郎)が潜伏していたとか、葬られたとかという伝説があるようです。何故、茨城に?という野暮なことは言いっこなしです。
 
十五郎穴から戻ってくると、古墳の一般公開は、テントを超えて少し行列が出来ていました。
やはり早く来て正解だったようです。
 
その後、ひたちなか市埋蔵文化財調査センターの建物に向かいます。
こちらも無料というのですから、本当に大盤振る舞いです。
 
 
 
 
虎塚古墳のキャラクター (虎塚ちゃん) ができているのは、まぁ、最近では当たり前になってきましたね。
虎と装飾古墳の柄を上手く使って表現していると思います。可愛いです。
 
 
 
センターの中には、装飾古墳の石室そのままのレプリカがあります。とてもリアルです。
中には入れませんが、撮影可能で見放題。先程、角度的に見え辛かった側面も、ここではよく見ることが出来ます。
とはいえ、こちらを先に見ていたら、先程の感動は少し薄れていたことでしょう。後に来て正解でした。他にも色々な埋葬品と茨城の装飾古墳情報もあり、有用な時間を過ごすことが出来ました。
 
 
 
この円は、コンパスで描いたらしく、真ん中にその点が残っているという説明がありましたが、確かにくっきりと残っていました。そんな昔からコンパスのような道具があったのですね。
 
 
 
お土産に買ったのは、こちら。発掘日記が興味深かったです。
 
 
 
堪能した後は、再びひたちなか海浜鉄道で勝田駅まで移動します。
 
 
 
勝田駅のホームがJR経由のため、どうやって改札外に出るのだろうかと思っていましたが、小さな紙をJRの有人改札で渡すことで出ることが出来ました。ローカル線ならではですね。
外で有名なラーメン屋が近くにあるということで行ってみましたが、大行列のため断念。
いつもの立ち食い蕎麦になりました。
 
 
 
JR東日本クロスステーションが運営するチェーン店形式ではない立ち食いそば屋:そばうどん勝田。水戸駅と同じ系統です。地域性のある納豆そばと、とり唐揚げそばという独自メニューが人気です。
 
 
 
今回は、久しぶりのとり唐揚げそば (680円)。2年前は480円でしたので、しばらく来ないうちに、なかなかな料金になりました。材料費などの高騰のため、致し方ないところです。
 
虎塚古墳の一般公開は、春:3月下旬~4月上旬の数日、秋:11月上旬~中旬の数日、開催しておりますので、是非お勧めですよ。